第15話 親と子
説明してくれ!!と今すぐにでも聞き出したいところだが、思うように体が動かない。人生二度目となる激痛を再び体感する。
――痛い・・痛い・・痛すぎる・・
死ぬほど痛いというのはまさにこのことで、生きている人がその痛みを知ることはない。もし、生存者が知っているとするならば、ハルヤのように死んだ経験がある人だろう。死ぬほど、というだけあってその激痛には何にも例えられない不快感がある。こんなに痛いなら死んだほうがまし、という発言を聞くことがあるが、そんな人には今すぐこの切り開かれた腹部を見せに走りたいものだ。
現実はそうも行かず、段々と意識が遠のいていく。
――痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い
今回は比較的傷が浅いらしく意識がなかなか飛ばず、”死ぬ”というのをじっくり体感させられる。
――死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい
ようやく意識が飛んだ。ハルヤ人生三度目の死亡享年18歳。
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スミラとロゼが何やら話し込んでいる。
どうやら自分のことは見えていないらしい。
「ああ、ハルヤが帰ってこないわ」
「そうですね、どうせ死んだんでしょう」
――やめてくれ・・・・
「期待したのが間違えだったのよ」
ユルが追い打ちをかける
――俺を、俺を見放さないでくれ・・・・
みんなの冷たい声が、過去のトラウマを彷彿とさせる。
「そうね、そう考えると死んでくれてラッキーだったわね」
――やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ
「はっ!!!」
ふと目を覚ますと見慣れた天井が目に入った。
三度目の巻き戻し。
「なんか、疲れたな・・」
ハルヤは文字通り疲労困憊していた。
初めて巻き戻しを経験してから約三週間。毎回のように死を体験し、自分の努力が水の泡となり消えていく。そんな努力が報われない状況に絶望を隠せずにいた。前回ようやく、上手く危機を回避して最終日までこぎつけたというのに、カズヤの謎が更に深まってしまった。
「もうなにもやる気が起きない」
本来、何事もすぐに諦めてしまう性格だったハルヤ。カズヤを救いたいという気持ちに麻酔をかけられていただけで、諦めぐせがすぐに治るわけがなかった。
大体なぜカズヤを救うのか。自分は何度も死んでいるのに一度死んだだけのカズヤを助ける理由なんてない。もうなにもわからないし、上手く行くことだってない。誰だって死ぬとなれば臆病になり、自分を守ろうと必死になる、それと同じ。諦めよう、それが最善だ。
”知っていますか?”
諦めを決意しかけたその時、頭にこの一言がよぎった。
この言葉はスミラと揉めて、自暴自棄になっていたハルヤにロゼが放った一言。自分の愚かさ、思い上がっていた自分を目覚めさせてくれた一言だ。とても単純で当たり前な一言だったが、あのときのハルヤにはとても深く刺さった。あのときは、それが自分の力となり諦めず、強い自分で居れた。
「やっべ、俺また何も知らないのに諦めようとしてた」
今回も例外ではない。前回死ぬ前にカズヤが言っていたこと、その内容は何一つわからなかった。しらないくせに諦めようと考えていた。しかし、それがなにか大切なことだというのはわからないなりに感じた。それを知るまでは少なくとも諦められない。別に間違えたって良い。今自分ができるのは、諦めずに何回も何回も繰り返してカズヤを救うことだ。
「ありがとうロゼ、俺頑張る・・」
ハルヤは立ち上がり、カズヤの家向かって走り始めた。
カズヤは前回、16日頃から脅迫文に困っているという相談をしてきた。ということは、少なくとも一回目のターニングポイントは16日――今日にあることがわかる。真相を知るためにも、まずはハルヤの家に行くことにした。
カズヤの家につくと、玄関前にはカズヤと大柄な男が話していた。とっさに隠れてしまったハルヤは、物陰で聞き耳を立てた。
「今日から脅迫文の投函を始めてほしい。その後については随時教えるから」
「わかった、内容は前言っていたやつでいいな?」
――脅迫文の投函をカズヤが指示しているだと???
前回、前々回とカズヤは、大柄の男たちと初めてとは思えない会話をしていた。その話となにか関係があるのだろうか。
その時はハルヤは特に行動をせず家に帰った。
四日後の8月20日
ハルヤは問い詰めるタイミングを作ろうと、前回と同じようにカズヤを家にとめ、相談を誘った。
「ハルヤ、大切な話があるんだ」
前回と同時刻、カズヤが話を持ちかけてきた。
「どうしたんだ?」
「僕、誰かに狙われている気がするんだ」
「そ、そうなのか?」
「うん、最近家に脅迫文が届くんだ・・」
事情を説明するカズヤに向かってハルヤは顔色を変え、
「あの男との契約が関係してるのか?」
そうハルヤが言うとカズヤは見透かされたことに驚いたせいか、急に大量の汗をかき始めた。
「ん? な、なんのこと?」
カズヤは焦りのあまり見え透いた嘘をついた。当然ハルヤはそれに対し、
「とぼけるなよ、四日前、16日の夕方お前が男と話をつけていたのを聞いたんだ。それでわかったんだ、脅迫文の犯人がお前だって」
「そうなんだね、まさか聞かれていたとは思わなかったよ」
完全に言い当てられたこともあってか、カズヤは契約したことを認めた。
「悪いことは言わない、今すぐやめたほうがいい」
これは、今までの経験があってのことで、何よりも説得力がある意見だが、当然カズヤは巻き戻しなど知る由もないため、
「危険なのはわかってる、でもやめることは無理だ」
カズヤは頑なにハルヤの意見を聞き入れなかった。
「なんでわかってるのにやるんだよ」
「君にはわからないだろうね、親に愛されている君には」
カズヤはなにか背景があるような言い回しをした。
「親? どういうことだ?」
ハルヤはたまらず聞いてしまった。
「僕はね、昔からずっと一人だった。親は仕事を優先して、運動会にだって、授業参観にだって一度も来てもらえなかった。いつもいつも、冷たい朝ゴハン、冷たい夜ゴハンを食べてたんだ。最初はなんとも思ってなかったんだけどね、みんなが親の話を嬉しそうにしているのを見て、ようやく自分が普通じゃないこと気がついたんだ」
カズヤは親が離婚しているとかではない。ただ、甘えたい、一番親が必要な時期に両親がどちらもいないとうのは離婚するのとは違った辛さがある。
「気がついてからは苦しかった。なんで僕はみんなとは違うんだ、なんで僕には幸せな思い出がないんだ。毎日そう思って泣いてたんだ。それと同時にどうしたら気が引けるか考えてたんだ。そんな中組織にお願いしてる人に会話が聞こえてきた。そこからは迷いがなかった。お金はお母さんの財布から抜いたりしてなんとかためたんだ。それからは君の知っている通りさ。だから、邪魔しないでくれ」
親の気が引きたい。子供ならではの悩みがここまでカズヤを変え、ここまでカズヤの行動意欲をそそったのだ。ハルヤにも気持ちはわかる。引きこもっていたのもどこかでかまってもらいたい、心配されたいという願望があったのだといまは思う。高校生のハルヤがようやく気がついたぐらいだ。こんな小さいカズヤがそれに気がつけるわけがない。
「カズヤ、俺はお前の考えに賛成できない」
「どうして? うちの親は子供のことなんてどうでも良いんだよ」
「本当にそうか? じゃあなんで家に泊まらせたと思う?」
「それは・・食事を作る手間が減るからだよ!!」
「なんで家にはいなくても毎回手料理を作ってたと思う?」
カズヤの親は、冷たい料理ではあったが一日も手料理をやめたことはなかった。
「そ、それは・・・・」
「なんで広い家に引っ越すことになったと思う?」
「・・・・」
カズヤは何も言い返すことができなかった。ここまで悩むのも、どこかで自分は愛されているんじゃないかという希望があったからである。しかし、ここでその事実を認めてしまうと、自分が間違ったことになってしまう。それだけは認めたくなかった。
「なあ、わかってるんだろ、実は親が今も自分を大事にしてくれてるって」
「・・・・」
「気を引きたくなるのは仕方がないことだ。でもな、自分に嘘ついてまでやることじゃない、俺はそう思う」
「そうだよ!!! そんなのわかってる、いや、わかってたんだよ・・でももう後戻りはできない・・」
裏の組織を裏切るというのは死を意味する。それがわかっているからこそ、カズヤはやるしかなかったのだ。
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