第9話 真実

「あ、あの始める前に聞いてほしいんだけど、昨日王城にもう一度言って断ってきた」


ノリノリで会議を始めようとするハルヤに対し、唐突にスミラがそう切り出した。


「ん?断る?何を?」


「解決案を考えること」


スミラはハルヤに黙って解決策を考えることを王に断りにいったというのだ。当然ハルヤの頭の中には?マークが大量発生した。


「どうしてだよ、あんなに協力的だったのに、なんでも言ってって言ってくれたのに・・・・」


「やっぱりほら、ハルヤ王族じゃないしさ、迷惑かけるのは申し訳ないかなぁって思って」


スミラはその場をやり過ごそうとわかり切った嘘をついた。


「何言ってるんだよ、俺だってもうすぐ関係者になるんだよ?今更そんなこと関係ないって!」


ハルヤは必死で説得に踏み切る。しかし、


「関係者になるって言っても、無理やりだったし、何より、この国のことなんにも知らないでしょう!!」


スミラは諦めの悪いハルヤに対し、切り捨てるような一言を言った。それでもハルヤは諦めない。


「そんなの関係ない!! 俺がやって上げたいんだよ、救われたから・・助けてもらった恩があるから!!」


「違うの、そんな私は優しい人じゃないの・・わかってたの、ハルヤはこの世界の人じゃないって・・来るってことはわかってたの!!!」


スミラは予想外な一言を放った。ハルヤがこの世界の人間ではないこと、それどころかこの世界に来ることも知っていたのだ。


「なんで・・・・」


「最初はただ使ってやる道具としか思ってなかった。冷たい態度もとった。でも、ハルヤが・・ハルヤが私のことを考えてくれるから・・どうして・・見返りを求めて救っただけなのにどうしてあなたは優しく、恩を返そうとしてくるの・・そんなことされたら王政のことなんか頼めないじゃない・・・・」


スミラの優しさがあるからこそのあの態度だったようだ。しかしハルヤは、


「そんなの・・そんなのどうでも良いんだよ!! なんで頼らないんだよ、解決してやるって、助けてやるって思ってるんだから、黙って恩を受けろよ!!!!!」


ハルヤはエゴを押し付けているわけではない、一人で抱え込むスミラを救ってやりたいという思いがあるからこそ、頼ってくれなかったスミラに叫び、頼りたくなるような力を持ち合わせていない自分を恨んだ。


「どれだけ・・どれだけ救われたと思ってるんだ。何も知らない世界に急に飛ばされて、心細かった。でもスミラは手を差し出してくれた。最初は使われてただけかも知れない。でも!俺にとっては唯一の救いだったんだよ」


この言葉に嘘偽りはない。短い期間でも異世界の中で助けてくれた、文字も読めない世界で一人さまよう所を助けてくれた、あのまま死んでたかも知れなかった。ハルヤは決して言い過ぎだとは思っていない、どんな言い方であれ感謝の気持ちはかわらない。

 それはスミラに限らない。休養に付き合ってくれたロゼも、屋敷を提供してくれたタートルも、相手からしたら社交辞令みたいなものかも知れない。現実世界で一人だったハルヤにとって、それは何よりも救いだったのだ。


「そんなんじゃない・・話しかけれるのもわかってた、屋敷だってタートルにお願いして、一人だったハルヤを利用したの!!」


「じゃあなんで始めは協力するって言ってくれたんだよ、見捨てればよかったじゃないか!!」


「それは・・」


スミラは黙ってしまった。もとは優しいスミラ、はじめから冷たく接し固執しないようにしていたのもハルヤを思ってのことだった。


「はーいそこまで、知られたらしょうがない、説明をしよう」


部屋の前に立っているのは緑髪の屋敷主、タートルだった。


「スミラは悪くないんだ責めないであげて」


タートルは丁寧にこの世界に呼んだ理由をハルヤに説明した


始まりは5年前のこと。本格的に女王の話が出されつつあった頃、解決が必要な問題として結婚相手を探すことが挙げられた。当時のスミラは異性との関わりが薄く、この世界の男とはほとんど打ち解けなかった。それを問題視した王はこの国一の魔法使いを呼び、異世界から婿を探そうということになった。その魔法を使うには呼ぶ物の特徴、どこに呼ぶか、そして五年という歳月を待つ必要があった。

 スミラは当時、あまり人との関わりがない一人で心細そうな人を選ぶことにした。ハルヤは当時中学一年生だった。かろうじて学校には行っていたものの友達もおらず、親ともなかなか話さないような子供だった。スミラの要望にはこれ以上ない適役だったのだ。

 こうしてスミラはタートルと知り合い、王と準備を進めた。


「後はハルヤくんの知っている通りさ」


ハルヤは激怒した。その理由は自分を弄ばれたことでもない、かといってこの世界に呼ばれたことに怒っているわけでもない。原因はそれを隠されていたことだ。信用がない、頼られない、何かをしてあげたいという気持ちが強すぎるハルヤにとってはつらすぎる事実だった。


「そうか、俺は異世界でも信用は得られないんだな・・・・」


それを捨て台詞にしてハルヤは部屋を飛び出し、自分の部屋へ逃げ込むようにして戻った。

 それからというもの、ハルヤは引きこもりがちになってしまった。屋敷で会うのはロゼとたまに会うユルだけだった。始めは気晴らしにとダンジョンに行ってみたりをしていたのだが王権継承日まで1週間が切った頃にはそれすらもなくなっていた。

 当然といえば当然である。異世界で唯一の救いが自分を信用に値する人物だと思っていなかったのだ。初めて家族以外で大切な人ができたハルヤにとっては家族に裏切られるより辛いことだった。

 そう思う半面後悔も少なからずあった。相手からしてみれば出会って二週間に満たない相手に恩が何だ何だと言われても困るだけである。自分との温度差に気づくべきだった。それも今になっては手遅れ、その後悔が引きこもりを悪化させた。


――俺はこれからどうしていくべきだろうか・・・・


王権継承日当日、ハルヤはいつものように引きこもっていた。

 そんなハルヤにロゼが話しかけてきた。


「ハルヤさん、今日は王権継承日です。反王政派がこぞって女王はまだかと待ち構えています。今ならマダ間に合いますよ」


ロゼはなんとかハルヤを説得しようと試みた。


「いいんだ、俺なんかが行っても現状は変わらない、もしかしたら悪化するかも知れない、世界は残酷なんだ」


今のハルヤには絶望するしか方法はなかった。


「ハルヤさん、私はハルヤさんがとっても大好きです」


「え?」


何を言い出すのかと思ったら急な告白だった。


「ハルヤさんがこの世界に来ると決まったときから素敵な人なんだろうなって。ハルヤさんの人を思いやる気持ちが好きです。ハルヤさんの何かのために必死になれる所が好きです。見返りを求めず全力を尽くすところが好きです」


「そんなの、いまいわれ」


ハルヤが「言われても」というのを遮りロゼはこう続けた、


「でも!!! ハルヤさんを大切に思う気持ちはスミラさんにも有ります。ロゼは二人に・・二人共幸せになってほしい。ロゼは知っています、スミラさんがハルヤさんが来るのを心待ちにしていたことを。喧嘩してしまったと落ち込んでいたことも。ロゼは知っています。ハルヤさんは・・・・」


”知っていますか”


その言葉を聞いてハッとした。ハルヤはようやく気がついた自分が思い上がっていたこと、まだこの世界の――スミラのことを何も知らないこと、それどころか知ろうともしていなかったことに。

 

 思い返せばハルヤは、恩返しという名目で何かをすることで自分の気持ちを満たしていただけだったのだ。ダンジョン攻略だって、王政の問題だって、自分が必要とされている、頼られているということに酔い、いつの間にか自分を満たすことが目的となっていた。

 なぜ今まで気づかなかったのか・・いや気づくたタイミングは何回もあったはず、ハルヤは事実から逃げ、それを自分の中で隠していたのである。


過去の自分を振り返ったその時・・行かなきゃという途轍もない衝動に襲われた。ここで行かなくては。自分のためでもなんでもない、本当にすべきなのは女王を――スミラを支えることなのだ。


――なにが頼られないだ、何が信用されていないだ、何が・・まだ何もやってないだろ!!!


ハルヤがついた頃には王族関係者が王城の前で王権継承の準備を進めていた。門がには反王政派の人たちも多く集まっていた。


継承の儀式が始まる・・正面の門が開く・・中からは女王――スミラが出てくる。それに合わせて反王政派に人々が抵抗を始める。石を投げつける者、罵声を浴びさせる者、それを見かねたハルヤはスミラの前に立った。


「ハルヤ?!どうしてここに?!!!」


動揺するスミラを横目にハルヤはこう叫ぶ。


「お前ら!!! 女王を・・スミラを責めるのはやめろぉぉぉぉ!!!!!!!」


その場の全員が黙り込み、音のない空間ができた。ハルヤはこう続ける。


「お前らは、女王の、スミラのことなんにも知らねえだろ!!! 知ろうともしねえだろ!!!! 俺だって・・おれだって知ってるつもりでいただけで何も知らなかったんだよ!!! でもよ!! なんにも知らない俺でも言えることはある!!」


ハルヤは「スゥ」と息を吸いこう続けた


「スミラはな!!! めっちゃかわいいいんだよぉぉぉぉ!!!!!」


予想外だったのか、反王政派の人々は「それがどうした!」「ふざけるなら帰れ」とまた騒ぎ立てる。

 しかし、ハルヤは負けじと、


「それのどこが・・どこがいけないんだよ!! 頑張ってるスミラも、喜んでるスミラも、全部可愛いんだよ!!! 頑張ってるんだよ!!」


少なくとも今の言葉に嘘偽りはない。日々思っていた、いやスミラに伝えるべきだったこと。




「一人ひとりの言葉が、心無い一言が、スミラの可愛さを奪っていくんだよ。王は、スミラはそんなひどいことをされるために頑張ってるんじゃない!!!みんなに愛されるために、安心してもらえるように頑張ってるんだよ!! それはみんなだってそうだろ!! 家族、仲間、恋人みんなお互いに思いやって生きるべきだろ!! そんな簡単なことを、そんな当たり前のことをわすれてるんじゃねえよおぉぉぉぉっ!!!!!!」


ハルヤの叫びは少なくともこの会場の全員に響いたはずだ、それはハルヤ――自分にも同様のことが言える。


反王政派の人々は会場を後にする。思いが伝わっていればいいが。


「ハルヤ・・・・」


スミラが心配そうに見つめる


「スミラ・・ごめん、俺、勘違いしてた、まだ何も出来てなかった。知識も、力もないけどさ、俺頑張るから、だから・・」


ハルヤは自分の決意、後悔を枯れた声で表した。


「いいの・・私こそ、あの後、言い合いのあと、ものすごい後悔した。これからは、ハルヤにも頼るから、またお願いできるかな・・」


「当たり前だろ・・俺はお前の”パートナー”なんだから」


スミラもハルヤと同じく後悔していたようだ。スミラらもハルヤもまだ高校生、失敗すること、間違えることなんて数多くある。人間誰しも、その失敗を糧に行きていくことになる。


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