第5話 恋愛で深まるか?

考えれば考えるほどわからない。

薄っぺらい人間とは何なのか、深みのある人間とはどのような人なのか。


バイトを終え、アパートに帰宅すると、彼氏が勝手に上がり込んでいた。その上、私の桃ゼリーを勝手に食べていた。楽しみにしていたのに。許せないと思ったが、私も彼のアイスを勝手に食べた過去があったので、だから文句は言わないことにした、なんてことは無理だった。


「桃ゼリーを奪いし不届き者ヒロヒコよ。汝、この謎を解きたまえ。解けねば斬首の刑とする」

「えっ、何、どうした?」

ベッドに寝そべって漫画を読んでいたヒロヒコは、戸惑って身を起こしたが、口元の緩み具合から、ちょっとおもしろがっているのも伝わってきた。

「深みのある人間とは何ぞや」

「恋愛経験の豊富な人のこと」

即答だった。どんな質問であれ、こんなに早く回答できるだなんて、ヒロヒコの脳細胞は活性化しまくっているようだ。桃ゼリーを食べたおかげに違いない。

「恋愛経験がない人は薄っぺらいってこと?」

「そう」

言い切ったよ、この人。

「じゃあさ、浮気しまくってる人と、一途にひとりの人を好きでいる人では、浮気者のほうが人として深いってこと?」

「そういうわけじゃないよ、数は関係ないと思う。大事なのは質だな」

恋愛の質とは。人を思う気持ちに質のいい悪いがあるだろうか。

「お互いのためを考えるとか、自分も相手にふさわしくなろうとか、相手の欠点を受け入れたりとか、そうやって恋愛を通じて自分自身の懐を広げたり、コミュニケーション能力を高めたりすると、人間は深まるのだ」

「ふーん」

ヒロヒコは理系の大学生なのだが、妙にロマンチストというか恋愛を特別視しているところがあった。文系の男性のほうがもっと冷めている気がする。もちろん私の決めつけだが。ヒロヒコとしては、恋愛をすることで自分がレベルアップしたという自負があるのだろう。


ヒロヒコの言うとおり、恋愛によって自分を高められるのは事実だとは思う。誰かと親しくなり、それを維持するというのは、わりと努力を要するものなのである。自分自身を幸せにするだけでも大変だというのに、ほかの誰かの幸せまで考えるというのは大変過ぎて、とてもじゃないが薄っぺらい人間とやらにはできそうもない。しかし、それなら別に恋愛じゃなくても友情でも家族愛でもいいのではないか。恋愛に限定する必要あるか?

「納得いかないから斬首の刑とする」

私は彼の首にぽんと手刀を叩きこんだ。彼は「ああ~死んだ~」と言いながらベッドに倒れ込んだ。そして胸の上で両手を組み合わせて、安らかな眠りについたのだった。夕飯の支度ができたら生き返ったけれど。


<つづく>

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