第4話 中国人が作る国産の靴

大学が終わると、私は電車に乗り、郊外にある某倉庫へ向かった。


倉庫の敷地に到着すると、私は倉庫前に停められた何台ものトラックの間をすり抜けて、通用口に向かった。

通用口の重い鉄の扉を開けて、薄暗い倉庫の中に入っていくと、「お疲れさまですー」と中国人の奥さんたちから声をかけられ、私も「お疲れさまですー」と返事をした。来たばかりの人にお疲れさまですーは変な気もするのだが、ここではこの挨拶がお決まりになっていた。


私はロッカールームまで行き、私物を置いてエプロンを身につけると、先ほどの奥さんたちがいる場所まで戻った。

この倉庫には大量の靴が山と積まれていた。別の倉庫でつくられ、トラックで運ばれてきた靴である。これを一つ一つ紙で包んで箱に入れて発送するのが当倉庫の役目であり、今私がやっているバイトなのである。


ネットでは国産品として売られているこの靴は、そのほとんどが在日中国人の奥さんたちによって作られていた。製造も包装も発送もほとんどが中国人の奧さん方がやっている。これは本当に国産と言っていいものかどうか。しかし、会社が日本企業で、役職のある人は日本人で、工場と倉庫が日本にあるから国産ってことになっている。ちなみに靴のデザインは学生に安値で頼んでいるらしい。若い感性を買い叩いているともいえるし、まだ実績のない学生に活躍の場を提供しているともいえる。


「ねえ、趙さん」

私が送り状にミスがないか確認しながら隣の趙さんに話しかけると、「なにー」と趙さんがパソコンをいじりながら返事をした。趙さんは送り状や送付状を用意する係なので、同じ係である私とはよく話す。

趙さんは50代ぐらいの女性で、化粧っ気のない気さくな人であった。年の離れた私にも分け隔てなく接してくれる、笑顔の多い人だ。旦那さんはモンゴル系の中国人だそうで、趙さん自身は漢民族だったため、彼女ははっきりとは言わないが嫁姑問題とか親戚付き合いとかいろいろな苦労あったらしい。そして来日して、これまたいろいろありつつ30年ほどになる人で、人生経験が豊富そうに思えた。私はさっそく質問をぶつけてみた。

「薄っぺらいって、どういうことだと思います?」

「ええ、何それ」

趙さんと、あと何人かの奥さんが笑った。

「薄っぺらい人って、どんな人かなって思ったんですよ」

「そうねえ」と言って、趙さんは黙った。みんなも黙って趙さんの返事を待った。急に倉庫内が静かになった。

「私の甥っ子、薄っぺらいかもしれないですよ」と趙さんが言うと、多くの奥さんたちが笑い声をあげた。

「甥っ子さんって、大学生でしょう?」

「ドュエドュエ」と言って、趙さんは顔をしかめた。ドュエドュエは、そうそう、みたいな意味で、趙さんは口癖のようにドュエドュエと言うのだった。

「薄っぺらいんですか」

「私の仕送りで大学入ったのに、遊んでばかりで留年しましたよ。大学やめて工場を経営するからお金をくれって言いだして、困りましたよ」

「あら~」

平坂先生に言わせたら、それは深みのある愛すべき人間ということになりそうだが。趙さんにとっては薄っぺらい人間に見えるらしい。

「じゃあ、深みのある人ってどんな人でしょう」

「そんなのいないですよ」

「いませんか」

私は苦笑した。

すると、少し離れたところで靴を包装している奥さんが、

「考えないで働く。働いてお金を稼ぐ。時間があったら、本を読めばいいでしょう」と大きな声で言った。

趙さんが笑って、「頑張ってたら、知らない間に深くなってますよ。そうでしょう?」と言った。

「そうですね。ドュエドュエ」と私は返事した。

薄っぺらい人間とは、足が地についていない人のことだ、そういう考え方もあるのだな。

ところで、この靴を売っている会社の経営陣はどうなのだろうか。ここで奧さんたちが作った靴を「国産だから高品質で安全・安心」とうたって販売している。商売をして、お金を稼いで暮らしている。足が地についていそうではあるが、薄っぺらいのだろうか、深いのだろうか。そもそも働き方とか収入を得るやり方によって、人間の薄いとか深いとかって変わるのか。


<つづく>

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