第3話 ざ・まじめ

食堂の前を通りかかったとき、文学部の高山君とぶつかってしまった。

あたりに紙が散乱した。小説の原稿のようだ。高山君のものだろう。高山君も平坂先生の講義を受けているから、そこで知り合った。学内で会うとちょっと話すぐらいはする。

私は原稿用紙を拾って高山君に渡したが、どうも様子がおかしい。

「どうしたの。なんか元気ないね?」

「実は平坂先生から、俺の作品の登場人物は薄っぺらいって言われてね」

私は鼻で笑った。

「平坂先生だってT先生から人間描写が薄っぺらいって書かれてるぐらいだし、平坂先生のアドバイスは気にしないほうがいいんじゃないの」

私の暴言に高山君は乗ってこなかった。ただ困ったように笑っただけだった。

「どうしたら奥行きのある人物を書けるんだろう。ずっと考えててさ。食事しても味がしないほどだよ」

「追い詰められてるねえ。じゃあ、うちの講義でも聞きに来る? これから異常心理の講義なんだけど、人間とは何ぞや、みたいな話が多いよ。人が多いから紛れ込んでもわかんないし」

「いや、そういうのってルール違反だろう。無許可でもぐり込むなんてできないよ」

「まじめだなあ」

そんなにまじめだと、薄っぺらいって平坂先生に言われるぞ。と一瞬思ったが、他学部の講義を無断で受講しないから人間性が薄っぺらいって何だ。そもそもルールを破れば深まる人間性ってなんだ。そんなものがあるとは思えない。

「俺、廊下で聞いてみようかな。壁越しに漏れ聞こえるだろうし」

ルール違反せずに講義を聞けるナイスアイデアだった。



後日、再び高山君に会ったときに、異常心理の講義は聞けたかどうか尋ねてみた。するとノートを見せてくれた。異常心理の講義についてしっかりまとめてあった。3時間もあった講義を、廊下でよくこれだけ書けたものだと感心すると、

「俺も必死だからね」

と高山君は真剣な顔をした。


まじめに頑張る彼は、平坂先生からしたら薄っぺらい人間なのだろうか。


そういえば、漫画やゲームなんかでも、まじめな人間というのはつまらない人間として描かれがちなイメージがある。ガリ勉なんかは悩んだり努力したり人を愛したりという描写がほとんどされず、思考停止した「薄っぺらい人間」としてフィクションには登場しやすいのではないだろうか。

そして、偽悪的だったり、ちょい悪だったり、そういうキャラが「深みのある」キャラとして描かれていたりしないだろうか。


私はそれも納得できないのである。



以前『Horizon Zero Dawn』というTVゲームをプレイしたときのことだ。あるモブの台詞が私の心に刺さった。

「あいつと一緒に飲みたいね。あいつは人生の楽しみ方を知っているから」というような台詞だった。うろ覚えなので細かいところは違っているかもしれないが、大体こういう意味のことを言っていた。で、「あいつ」ってのは、根は良い男だが、ちょっと抜けたところがあり、酒に溺れかけていて、その上すぐ女を口説くし、でも朗らかで愛嬌のある男のことなのだった。

確かに一緒に飲むのなら、くそまじめな人よりも、こういう人のほうが楽しいかもなあと同意せざるを得なくて、私は妙な敗北感を覚えた。それでこの言葉が忘れられないのだった。


ゲームのことを思い出し、もしや平坂先生が言いたかったことは、人生の楽しみ方を知れということだったのかもしれないと思い至った。ヤンチャしたり、警察のお世話になったり、酒を飲んで暴れたりする人間こそ愛すべき人間だと先生は言うが、それは先生が言いたいことの本質ではなくて、その奥にある「人生を楽しむ」ということをやっている人間が深いんだと、先生はそう言いたかったのかもしれない。


が、それも私は同意できないのだった。

人生を楽しむ余裕もなく、苦難の道のりを歩む人は薄っぺらいか? そんなことはないだろう。むしろ思索は深くなるのではないか。くそまじめな優等生の人生にも深みはあるはずなのだ。


<つづく>

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