第2話 可愛い女とフラメンコの女

平坂先生のしょうもない講義の後、私は大学の中庭に出た。秋風が心地よい。


すずかけの木の下に並ぶベンチの一つに座り、紙パックの桃ジュースを飲んでいたら、顔見知りのチエちゃんが隣に座ってきて、私の肩にもたれかかってきた。たしかチエちゃんは社会学部の子だ。

「うちの学生って、なんか薄っぺらいんだよね。そう思わない?」

随分とまた話が唐突だが、チエちゃんは思いついたことを思いついたままぶつける女の子なのだった。そういうところが男性には受けるのか、チエちゃんは非常にモテた。もちろん顔が可愛くて、人懐っこくて、巨乳なのもモテる一因かもしれなかったが。全てにおいて私と真逆である。同じ女として羨ましい限りだ。というか、平坂先生といいチエちゃんといい、同じようなことを言っているが、学内では薄っぺらいっていう話が流行っているのだろうか。


チエちゃんは大きな胸をつぶすように、スポーツバッグを胸元に抱えこんでいた。これからサッカーのサークルに向かうのだろう。今日みたいな秋晴れの日にスポーツをするだなんて、さぞかし気分爽快だろう。さわやかな風が吹いて、空は高く澄んでいて、人生楽しいことばかりと思えるような日だったが、チエちゃんは学生の薄っぺらさに失望しているようだった。

「みんな親に学費出してもらって、バイトもせずに勉強だけして。そんなんじゃ人間力が育たないよ」とチエちゃんは言う。チエちゃんは学費を親に出してもらっていないので、奨学金をもらってバイトを頑張っていた。

「人間力ねえ」

そんなものどうやったら育つというのか。働けば育つなんて単純なものなのだろうか。私にはそうは思えないのだが。

「でも、確かに働くことで鍛えられるものもあるね」

それは否定しない。

「うん。私ね、大学って、もっと面白い人間がいっぱいいると思ってたんだ」

チエちゃんは空をあおいだ。

「だけど、いざ入学してみたら平凡で薄っぺらい人ばっかりでがっかりしたよ。今日のゼミもひどくってさ。みんな薄っぺらい意見しか出せないの」

「ふうん」

そのあと、チエちゃんは愚痴や噂話などを一方的に語り、「じゃ、私サークルあるから」と去っていった。



私もそろそろ次の講義に向かったほうがいい時間だ。紙パックを開いて畳んでいたら、見知らぬ女性に声をかけられた。

「あなた、占いって信じる?」

また唐突な……。カルトか何かの勧誘だろうか。その女性は髪を腰のあたりまで伸ばしていて、フラメンコのダンサーみたいな情熱的な深紅のドレスを着ていた。爪は唐辛子のように赤くて長い。スペイン人なのだろうか。どこからどう見てもアジア人の顔立ちの女性なのだが。こういう癖のありそうな人が「深みのある人」なんだろうか。私はちょっと話してみることにした。

「占いですか。信じますよ」と嘘をついてみた。占い自体は好きだけれど、信じるほどではない。

「へえ、信じるんだ」

女性が食いついた気配を感じた。よし、いいぞ。この個性的な人と話したら、人間の深みとやらのヒントがわかるかも。

「じゃあ、アンケートに協力してもらえない?」

ん? アンケート?

そう言って女性が差し出した紙には、彼女の氏名と学部と指導教官名、そして調査目的「占いとメンタルヘルスの関連について」と書いてあった。あれ、これは何か違うぞと気づいた。

「ごめんなさい、本当は占いは信じていないです。冗談だったんです。これ論文で使う真面目なアンケートでしょう? 協力できそうもないです」

私が謝ると、彼女はいいの、気にしないでと言って、フラメンコなドレスの裾を翻して、中庭でくつろぐほかの学生に声をかけに行った。見た目の癖は強かったけれど、中身は普通の学生だったようだ。


人間の浅い、深いって何だろう。少なくとも外見ではわからなさそうだ。


<つづく>

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