蒼黒の騎士

ベアハウンド

第1話 長く、暗いとある男の独白

 過去、人が願ったのは、平穏だったという。

 争いが絶えない世界。

 血が流れ、争いの果てに種は絶え、新たな種は新たな争いの中で、また死に絶えていったという。

 生と死の循環。絶滅と成長の螺旋。

 宇宙が繰り返すプロセス。

 争いという研磨を永劫に続けることで、世界は成長を続けた。

 争いは、流血を生みだし、死を生みだし、そして人という種を洗練させていく。

 その行為自体は、決して悪ではない。

 争いという行為自体、他の種であろうと、同種族、異種族問わず行われてきたものだ。命を奪い、縄張りを奪い、勝者に洗練された生を与えてきた。

 そうして、多くの種が淘汰され、より強い種とより強い命だけが遺された。

 それは、世界が成長するために用意されたプログラム。

 だが人という種は、ひどく――――――歪だった。

 同種族での闘争は、留まることはなく、そしてそれは未来永劫にして留まることのないことを全ての人に予見させた。

 それほどに、人は欲深く、業の深い存在だった。

 他者がいれば、奪わずにはいられず、たとえその行為が、自分以外の最後の一人になるまで、決して止まることがないのだろう。

 そして自らを傷つけ、滅ぼす最後の瞬間まで、命は、命そのものを貪り続ける。

 生い立ちもなく、成り立ちもなく、この種は、歪であった。

 だからこそ、人は、自らの意思でその行為を押しとどめる必要があった。

 闘争を停滞させ、分散させ、隠し、そしてその上に、平和という一つの世界を作り上げる必要があった。

 それが文化。

 人が、人と繋がりあうための、パラダイムという鎖。

 互いが互いを傷つけあうこと防ぐための、後発的装置。

 かつて闘争のために作られた発想、発明、発見を全て、文化という無数の鎖を創るための土壌とし、人は自らと他者の命を、繋ぐことを選んだ。

 それが、人という存在が滅ばないとせんがために。

 それが、人という種のために。


 ―――――だが、分かっているのだろう。


 友よ。

 その鎖には、毒が仕込まれていることを、お前は知っているはずだ。

 人という種にのみ伝染する、欺瞞の蛇の毒。

 血清はない。

 やがて伝染すれば、人は必ず滅びることになる。

 ああ。実に度し難く、人は哀れなものだ。

 友よ。

 人という種は、世界から再度の選択を迫られつつある。

 一つ目の選択は、天国の門が閉じたときに既に終了した。あの時、地上にいた全ての人間は地獄に落とされたのだ。

 さて、二度目の選択だ。

 鎖を外し、闘争の中で種を消滅させるか、決して癒えることのない毒に侵され、やがて諸共に朽ち果てるか。

それとも、人という種の枠を破壊するか。

 閉じたはずの天国の門の鍵はすぐそばにある。

 さぁ、友よ。

「……先生!」

 ―――――――――それでも、お前が、信じたのなら、俺は。



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