第19話 宿屋を作ろう

森林会議まで一週間に迫っている、今日も抱き枕状態を脱出したケミンは、キュリアの額をペシッとして静かに外に出る。


もうこの光景は、日課といっても良かった。


せめてすずちゃんの容姿のままの分身であれば、毎日、窒息ブレストプレスを受けずに済むのになぁ。俺は別に胸は大きくなくても気にしないのに・・・


「「お早う御座います、ケミン様」」


ラヴォージェとハニーが、恭しく朝の挨拶をしてくる。


「おはようラヴォージェ、ハニー、キュリアは、どうにかならないのか?毎日寝苦しくて困ってるのだよ」


「せめてあの分身が、すずちゃんのままだったら良かったのに」


 「どういう事でしょう?」


「ラヴォージェは、キュリアの顕現体を見た事ないの?」


  「キュリア様は初めていらしたときから分身でしたから顕現された姿は見ておりません」


「そうなのか、キュリアの顕現体ゲンブツは胸が小さく・・・」


パッカーーンまた、後ろからスリッパで叩かれた。だから痛いよ!


 『貴方、なに朝っぱらから私の胸の話をしてるのよ!私の胸は、こんなに大きいでしょ!』


「だから、それが凶器だって言ってるんだよ!毎晩、窒息しそうなの!」


言い争っている俺をハニーが、ひょいと抱き上げる、そして頭を優しく撫でてくれる。


 「キュリア様、もう少し手加減なさった方がよろしくてよ」


叩くのは否定しないのかよ・・・ガクン


 「ケミン様が毎朝失言為さるのとキュリア様がスリッパで叩くのは、仕様だから仕方ありませんわ」


仕様なのかよ!


 「 キュリア様には、寝るときに抱き締めるのを加減すればよろしいと言ってるのですわ、ケミン様は、一緒に寝るのを嫌がってはいませんものね?」


「普通に寝てくれるなら別に一緒でも構わないけど・・・」


 『だって寝顔見てると抱き締めたくなっちゃうんだもの・・・』


モジモジしょんぼりしながらキュリアは言った。


 「其処を優しく抱き締めてあげたらこんなに怒りはしないと思いますわよ、ねぇケミン様?」


「う・うん、苦しくなければね」


 『分かったわよ、今晩からそうするわ・・・』


 「お話は纏まった様ですな」


そう言うとラヴォージェの樹には、カモミールの花が沢山咲いていた。


「ラヴォージェ、其の花の意味は?」


  「勿論、仲直りですよケミン様、イリュージョン!」


イリュージョンは分かったよ!


「ラヴォージェ、話しは変わるけど、会議まであと一週間だろう?考えてみたらここには宿がないから種族長に来てもらっても泊まる所がないよね?まさか野宿させる訳にもいかないし、作っておかないと駄目だよね?作るのに何日間、掛かるかな?それと会議の議題も決めておかないと集まる意味がないよね?」


 「そうですね、ケミン様の威光を示す為にも迎賓館は必要ですな」


「迎賓館って、其処まで大層なものが、要るの?そんなの一週間じゃ出来ないだろ?」


俺は生前の迎賓館を思い出す。物凄く豪華な建物だったよな。


ハニーが、何故かキュッと俺を抱き締める、ポヨヨンが顔に当たるよ、ちょっと気持ち良いかも・・・俺はちょっと赤くなっている。


  『ケミン!また鼻の下伸びてるー!』


キュリアって、こういう時は、目敏いんだよなぁ・・・


「ケミン様、迎賓館をわたくし達に作らせてくださいな、ラヴォージェ様に資材を準備頂ければ、直ぐにお作りしますわ」


「ハニー達が、作ったら蜂の巣になるんじゃないの?」


俺は素朴な疑問を言う、だって建物を見学した時、蜂の巣だったし・・・


  「ケミン様、蜂の巣にしているのは、あの形でわたくし達が、安心して暮らせるからですわ、普通に人が住む建物も作れますわよ」


  「資材を準備出来れば、二日間もあれば作らせて頂きますわ」


凄い自信だなぁ


「ラヴォージェ、迎賓館の資材を準備して、ハニー達に作ってもらうよ」


  「分かりました、準備します」


と言いながらもう樹には、材木等の資材が生っている、出来た順に地面に降ろしてるよ・・・仕事早いなー。


「ハニー、ラヴォージェの西隣に建ててもらえるかな?」


  「解りましたわ、建築の精鋭を連れて来ますわ、ごきげんよう」


そう言うとハニーは、俺をゆっくり降ろしてくれ、飛んで行った。直ぐに別のハニーが、此方に来て降り立つ、連係が凄すぎだよ。


ハニーはまたラヴォージェと打ち合わせを始めた。




 『ケミン、朝食にしましょう。サンドイッチとコーンスープとサラダと目玉焼きが作ってあるのよ』


「おおー!有難う、一緒に食べようか」


俺とキュリアはキッチンの林檎の家に入る、食卓に着くと朝食が並んでいく、どれも美味しそうだな、「いただきます!」


このサンドイッチはハムとレタスか?


  「ええ、バターとマスタードも塗ってあるわよ、貴方好きでしょ?」


確かに好きです!


サンドイッチの黄金比だと俺は思ってる。レタスのシャキシャキの食感とほんのりとした苦み、バターとハムの絶妙な塩味それにマスタードの酸味とピリっとした刺激が何とも言えない味が出てるよね?


「キュリアは、何でこんなに料理が上手なの?元調理師だったとか?」


俺は、食べながらも不思議に思ったので聞いてみた。


  「私は商社の営業だったわよ、料理は母親に仕込まれたの、母が料理研究家でね、あの頃は正直うざったいなって思ってたけどケミンが、こんなに喜んでくれるから、今は感謝してるわ」


「そうだったのか、それならお母さんの料理も美味しそうだな」


  「まあね、家はほとんど外食はしなかったわ。母の料理の方が断然美味しいし、何処の国の料理も再現出来るのよ」


「じゃー、此からもキュリアの料理は期待していいな」


  「ウフフ其処は任せて」


キュリアは嬉しそうに微笑んだ




俺達は、朝食が食べ終わると外に出る。そしてまたもや驚愕の光景を見る・・・


「なんだこれ?精鋭だけだよな・・・」


  「はい精鋭だけですわ、此でも数を絞った方ですのよ」


ハニーが誇らしげに言う。キュリアはまた唖然として声も出ない。


其処には無数の働き蜂達が、作業を行っていた。先程降ろした資材はもうなくなって建物になりつつあり、ラヴォージェに生っている資材を次々に切り取り、働き蜂達が運んでいく。さながらベルトコンベアーのようで、運ばれた資材は直ぐに建物に使われていく。


資材の供給が追い付かないのか・・・


それでも資材を降ろす手間の無くなったラヴォージェは、スピードが上がっている


このペースだと本当に二日間で出来そうである。


「ハニーが、自信満々だったのが解るよ」


  「この子達は、各々の巣のトップ五名を集めて来ましたの。ですから本当に建築の精鋭ですわ」


「一つの巣から五名でこの人数なのかよ」


  「ええ、ハニービー種は、ハレダウィーン大陸の東の辺境で最も人数の多い種族ですのよ、今は、分蜂してませんからこれ以上増えないですけれど」


「人間より多いのか?」


  「大陸全ての人間を集めると人間の方が多いですわよ、わたくし達はこの森にしか居ませんもの」


「この森にしか住めないって事?」


  「はい、大陸中を彷徨ってやっとこの森にたどり着けましたの、此処に着くまでに沢山の子供達が犠牲に為りました、わたくしを守る為に・・・」


ハニーの瞳からひとすじの涙が零れた。


 「この森に着いたときには、出発した時の一割にも満たなかった。そしてケミン様に居住の許可を頂けた時、やっと安心出来たのです。ですからケミン様は、わたくし達の命の恩人ですわ」


大陸を彷徨う過酷さを考えたら俺はなにも答えられなかった。ハニーは、俺を抱き上げ


  「ケミン様、本当に有難う御座いました」


瞳に涙を溜めながら俺を見て微笑んだ


俺は思わずハニーの頬に触れ涙をぬぐった




迎賓館の建築は順調に進み本当に二日間で建設されたのだった。

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