魔王誕生物語


 勇者。


 少年は沈思黙考する。

 少年の烏の濡れ羽のような髪は、天をも貫く喪失感で一晩にして白銀に染まった。

 それもこれも勇者のせいだ。


 齢十七。この村では一人前とみなされる。

 少年女なし。一人暮らし。友達いな―――少ない。若いことだけが取り柄だ。

 少年の未来はまだまだこれから。始まったばかりなのだ。

 というわけで、十七になった日に、気分を一新するべく好物のプリンを買いに、コンビニに来た。この世界にもコンビニは存在する。少年の数少ない娯楽は食だった。

 お目当てのなめらかプリンを手に取って、鼻歌交じりにレジに向かう。少年はプリンのなめらかな触感とクリーミーな味わいの虜になっていた。プリンをひとたび口にしたら最後、魅惑の世界へ招待される。夢心地。もうずっと、味の余韻に浸っていたい。

 店員の前に、プリンを置く。


「すみません、お兄さん」

「はい?」


 マントの人物が声をかけてきた。彼は少年の後ろに並んでいる。何用だろうか。


「そのプリン、俺に譲ってくれないですかね?」

「はい?」

「はあ……」


 店員と顔を見合わせる。

 この人は何を言っているんだろう。


「もう一度言います。譲ってください」


 断られる前提がない。あまりにも相手が堂々としていると、こちらの態度の方が間違っているように感じてくる。

 腰にご立派な大剣を帯刀し、マントには鷲と獅子が組み合わさった紋章がある。

 少年は首をひねった。大剣と、鷲獅子の紋章。聞き覚えも見覚えもある。

 店員が大声で叫んだ。


「貴方は勇者様!」

「そうだよー。この村には魔王捜索ミッションの一環でやってきてね。今は英気を養うための休憩中なんだ」


 勇者。道理で。

 勇者は百年に一度の存在で、生まれながらに魔王及び魔に関するものの討伐を宿命づけられた存在。そしてこの国の王女の婚約者である。国民から一目も二目も置かれている。

 しかしながら、勇者とはいえどコンビニの店内に這入ったら、店のルールに従うべきである。お客様が勇者様であろうと、それは絶対だ。

 ところが。


「勇者様でしたら、どうぞどうぞ。いつもお世話になっております!」

「え」


 店員は少年をおしのけてプリンを掴むと、カウンターから飛び出して、勇者の手にプリンを握らせた。


「お代は結構です。これからも頑張ってください!」

「はは。ありがとう。君の名前はサチくんだね。覚えておくとしよう」

「光栄です!」


 店員—――サチは声を弾ませている。少年の存在は忘れ去られたようだ。

 少年は勇気を振り絞って、にこやかに笑顔を浮かべている勇者に声をかける。プリンでなければ、小心者の少年は諦めていたかもしれない。だがブツはプリンだ。プリンと至福の時を過ごすことを夢見て、今日一日を過ごしてきた。

 少年は諦められなかった。


「あのー、それは僕のプリンなのですが、」

「おいおい、君の目は節穴なのかね」

 

 勇者はわざとらしく、ばさりとマントを翻す。そのマントに刻まれた鷲獅子の紋章は、国王直轄の騎士団の紋章として広く知れ渡っている。つまり、勇者を敵に回すということは、指折りの騎士が所属する騎士団を敵に回すだけではなく、王国、しいてはこの国を敵に回すことを意味していた。

 少年は唇を噛んだ。プリン一つに執着する浅ましい精神を持って、何が騎士だ。何が勇者だ。そう叫びたかった。だが自分にはそんな権力も力もない。


「あははは。貧しき村民に生まれたことを、悔いるがいいさ!じゃ、ぼくは魔王捜索に戻るとしよう。まだ魔王らしき暗黒のオーラは感知されていないが、じっくり探すにこしたことはないからね」


 勇者は聞いてもない情報を話しつつ高笑いをしながら、もらい受けたプリンを持ってコンビニを去っていく。


「ありがとうございましたー!って、お客様?」

 

 力さえあれば。チカラサエアレバ。目の前の勇者を完膚なきまでに叩きのめせる力が自分にあれば!




 どうやってコンビニから自宅に戻ってきたかは記憶が朧気だ。

 勇者が憎い。殺してやりたい。憎い。俯いたまま、勇者への恨みつらみを募らせてどれぐらいたっただろうか。カーテンから陽が差し込み、朝になったことを知る。

 鏡を見る。少年の黒髪は一晩で白銀に染まった。食べ物の恨みというのは、こんなに毛根に効くものだろうか。不明だ。だがもはやどうでもいい。少年の中にあるのは、勇者への憎しみだけだった。

 力が欲しい。

『面白い』

 鏡の向こうで、少年の映身が喋った。なにやら黒い炎に包まれて、瞳は禍々しい血の色に染まっている。

『たかがプリン、いやたかがと馬鹿にするものでもないな。ここまで負の感情を持てるとは、村民のガキの癖して我が主の器になる素養も十分に持っている。気まぐれでこの辺境を飛んでみて正解だったわい』

「なんでもいい……」

 少年にとって、すべてが些事だった。勇者を殺すこと以外は。

 少年の映身は邪悪な笑みを持って答える。


『力が欲しいか?』


 これは、少年が勇者を殺すまでの物語だ。



お題:「炎」「少年」「暗黒の流れ」

ジャンル;「邪道ファンタジー」

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