終末の放課後
カーテンの隙間から、茜色の光が差し込んだ。いつもののどかな放課後だ。少女は読んでいたハードカバーのページを最後まで捲ると、ため息を吐いた。とうとう読む本がなくなってしまった。お気に入りの作者の新刊をお小遣いで購入して、噛みしめて読んでいくのが少女の放課後の楽しみだった。
新刊は主人公がとある女性と恋に落ちたところで終わっている。どうして、物語を完結させなかったのだろうか。少女はまたため息を吐く。このご時世なのだから、完結させてくれてもよかったのに。
二〇XX年、地球。三〇日後に大気圏から隕石が落下すると、この惑星で一番のスーパーコンピューターは地球上の生物はすべて絶滅し、文明は終わると予言した。各国から研究者たちが集まって、会議に会議を重ねたり、スーパーコンピューターの性能を点検しても結果は変わらなかった。月や火星に避難する話も持ち上がったが、それは机上の空論にすぎない。地球上の技術力を総結集しても、七〇億もの人口を避難させる計画なんざ、三〇日というタイムリミットまでに波風立たぬように立てるのは無理だった。
かつて恐竜を絶滅に至らしめた隕石のように、人間も滅びゆく運命にあるのだろう。テレビでは著名な哲学者や宗教家が、終末を受け入れるように大衆に呼びかけ続けた。反発も悲しみもあったけど、変えられない事態はしょうがない。人はいつしか死ぬのだ。その終わりが劇的だったことが、せめてもの救いなのかもしれない。
もはや人類は仕事や学業に縛られることを止めて、自由を追い求めた。
少女が通う学校も、教室から生徒は日を追うごとに減っていき、授業をする教師も姿を現さなくなっていった。登校したって、自習続きならばあまり学校に行く意味をなさない。少女が教室を独占する日もあった。
少女のクラスの担任の国語教師だけは、毎日教室にやってきた。彼女は職務に忠実なタイプの印象がない。愛想がなく、授業中にいつも気難しげにノートパソコンとにらめっこをしており、生徒からは人気がなかった。少女は内心いぶかしんだが、今となってはあまり関心がない。
ある日のホームルーム中に、少女が愛読のハードカバーを開いていると、ページに陰が落ちた。国語教師が音もなく、少女のそばに寄ってきていた。
「
「はい」
「貴女、西校舎のお手洗いには行く?」
「使いませんが」
「そう。たまには行ってみなさい。窓から見える白木蓮が見ごろだから」
「はあ」
国語教師は薄く微笑むと、教卓に戻っていく。
それが一週間前の出来事だ。
彼女の謎めいた言葉が忘れられず、少女はハードカバーを読み終えた後、放課後に西校舎に赴いた。西校舎を使っている学年は、少女と異なる学年で少女とは縁がそれほどなかった。
誰もいない廊下をこつこつと上履きを鳴らしながら通る。
目的のトイレに着く。締め切られた窓をガラガラと開けると、目の前の枝の白木蓮が満開だった。窓からは中庭の木々が見える。白木蓮の花がいくつも咲いていて、綺麗だ。花は単体でも綺麗だけど、寄り集まるともっと綺麗だ。
少女は携帯のカメラで白木蓮を撮って、写真を確認する。すると枝に何かが結ばれていることに気付いた。
窓から身を乗り出して、枝に結ばれた白いものを取る。紐を解いてみると、数枚の原稿用紙だった。几帳面な字でマス目は隙間なく埋められている。
少女はその字に既視感を覚える。原稿用紙にはラブストーリーが綴られていた。読み進めていくうちに、記憶にあるものと符号する。それも数分前に読み終わった物語に連なる展開に、同じ登場人物たち。
原稿用紙の最後の行には作者の名前が記されていた。ハードカバーと同じ作者。
この原稿用紙に綴られていた物語は、まだ書籍化していない。雑誌に連載もしていない。つまり。少女は原稿用紙を胸に抱いた。
このトイレの白木蓮の原稿が史上最速で読めるということだ。
少女は学校に行く。国語教室は教室で授業をする。少女は放課後に西校舎のトイレへ赴き、白木蓮の枝に触れる。
終末が来るその日まで。
お題:「本」「終末」「最速のトイレ」
ジャンル:「学園モノ」
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