季節と代償

 蝉しぐれが止み、海水浴場には毒クラゲが発生しだした。

 夏が過ぎ、涼しい風が肌を撫でていく。やがて季節は秋へと姿を変えていくだろう。

 ……秋なんて来なければいい、ずっと夏のままで止まってしまえばいいのに。

 恋人の楓は空を見上げていた。よく晴れ渡った空に浮かぶうろこ雲。大空を魚の大群が泳いでいるようだ。

 楓の華奢な手は慄き震えていた。僕はその手を力強く握りしめる。

「優紀……」

「大丈夫だ。楓のことは僕が守ってみせるから」

 僕らが住む国には四季という豊かな季節があり、四季の女神たちが四季を形作り支えている。それぞれ春、夏、秋、冬。彼女らの姿を見た人間は存在せず、絵巻物に伝承の姿が残されている。

 四季を動かすには莫大なエネルギーが必要だ。雪を降らせ、桜を咲かせ、入道雲を立ち昇らせ、葉を色とりどりに染め上げるのだから、当然だろう。

 莫大なエネルギーの源として、四季の女神たちは生贄を要求した。春に一人、夏に一人、秋に一人、冬に一人。季節が変わるたびに要求し続けた。

 それは科学が生み出され、自動車が走るようになって、インターネットが普及した今日でも継続している。むしろ科学技術が発展するようになって、生贄の決め方もポップになった。生贄と決められた者には、季節庁からメールが一通届くだけ。拒否権はない。意見は許されない。

 生贄は逃げられない。衆人環視のSNS社会の目のうちに、生贄は晒される。氏名、性別、住んでいるところ、学歴、趣味。たちまちのうちに有名人。

 生贄についての専門雑誌も刊行されている。生贄のおかげで豊かな季節が成り立っている。国民はお花見ができることに、海水浴ができることに、紅葉狩りができることに、スケートができることに感謝する。僕だって、これまではそうだ。

「楓、大丈夫だ。大丈夫だからね」

 生贄を拒んだ者、助けた者には極刑が科せられ、家族にも冷たい目が向けられる。その度胸はとてもないと分かりながら、僕は気休めの言葉を吐き続けることしかできなかった。

 今年の秋は彼女の死体の上で咲く。



お題:「秋」「犠牲」「役に立たない主人公」

ジャンル:悲恋

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