夜襲

 深夜の椋枝村はひっそりと静まり返っていた。そしてその周辺から漂う空気には不穏な雰囲気が混じり一波乱起きそうな予感が見え隠れしていた。そしてその予感は毅然とした事実に変わる。

 椋枝村周辺に異様な風体の賊徒が集結した。彼らは枯渇の魔王の尖兵であるエンブラボンに『洗礼』を施された恐れを知らぬ兵隊である。その肉体は不気味なほど土気色に染まり、眼光には朽葉色の光が宿っていた。なぜエンブラボンは彼らに『洗礼』を施したのか? 椋枝村襲撃に難色を示す賊徒たちに業を煮やしたエンブラボンが恐怖心を除去するためである。それほどまでにエンブラボンはハルワタート強奪について本気だった。

「グルルルル……」

 賊徒たちは獣に近い唸り声を上げる。その声を聞いた一般人は恐怖のあまり失禁するだろう。

「くっ、俺の部下を恐怖を持たぬ兵隊に変えやがって……だが双子の片割れを手に入れなければ俺たちは枯渇の魔王に始末される。やるしかない」

 賊徒を率いる魅鹿王は襲撃に悲壮な覚悟を持っていた。ハルワタート強奪に失敗すれば、確実な死あるのみ。不退転の意志で椋枝村襲撃を敢行すべし。

「……まずは火付けからだな」

「グォー!」

 魅鹿王は心の中にある畏怖を押し殺し、冷酷に命令を下した。


 椋枝村の物見やぐらの警戒半鐘が突然鳴り響いた!

「魅鹿王の襲撃だー!」

「今は使っていない倉庫に火をつけられたぞー!」

「賊徒が異様な戦闘力を持っている!何かがおかしい!」

 突然の襲撃に突如パニックに陥る椋枝村の村民! これは危険な兆候だ!

「皆さん! 落ち着いて対処してください!」

 笠森司書は村民のパニックの鎮静化に手いっぱいだ!これでは防衛勢は徐々に不利になっていく!

一方、笠森屋敷でもパニックに陥っていた。

 紗結とハルワタートは屋敷の奥の部屋に立てこもり、襲撃が引くのを待つようにとお達しが来た。

「ハルワタート、大人しく襲撃が収まるのを待ちましょう。笠森屋敷に駐在する武士が守ってくださるわ」

 紗結は指示に従い、ハルワタートに立てこもりを促す。

「いいえ、あの賊の狙いは私の身柄でしょう。これ以上、椋枝村を巻き込むわけにはいきません!」

 だがハルワタートは自分の身柄を賊徒に差し出す覚悟はできていた!

「そんなこと言われても、私たち一緒に薬草園の水やりをした仲でしょ!? それに私はハルワタートにそういう選択肢を選ばせたくないの……笠森様もお母さんも同じ考えだと思うわ」

 紗結は自分の気持ちを率直に話すことで説得を試みる。

「……それでも私は椋枝村の安全を守りたいです」

 彼女の説得を受けてかハルワタートの口調が自信なさげな口調になる。説得が効いてきたのか!?

「せやで……蒼い髪のお嬢ちゃん。自暴自棄になるのはやめーや」

 そこに第三者の声が響き渡る。天井裏から落ちてきたのは白蛇だ。その身体には神気が迸っていた。

「わわっ! あなたは一体何者ですか!?」

 突然の乱入者に困惑するハルワタート!それもそのはずである。唐突に神気をまき散らしながら天井裏から白い蛇が落下してきたのだから。

「驚かせてしもてすまんかったわ……ウチの名前は早良蛟丸。見ての通り神様や。より正確に表現すると水神や」

 白蛇、いや早良蛟丸は自慢げに自己紹介をした。

「蛟丸様は村外れの神社の神様なの……あんまり偉そうに見えないけど」

「紗結は一言多いっちゅうねん!まぁ、実際ウチはそんなに地位の高い神様やないんやけどな」

 蛟丸は紗結に器用にツッコミを入れた。

「それで蛟丸さんは一体何しに笠森屋敷に侵入しに来たのですか?」

「何って、いきなり森に生息する賊が襲撃したさかいに、紗結とお嬢ちゃんを心配して様子を見に来たんやけど……もしかしてウチ、邪魔やったか?」

 蛟丸は冗談めかして話すが、その声色には心配そうだった。しかし、その事実はハルワタートの心の中の警戒を解くには充分だった。

「はぁ……」

 ハルワタートはため息をついた。

「まぁ、余談はもうええとして、ここからが本気の話なんやけど……もしウチがこの事態を解決する手段を知っていたらキミらはどうするん?」

 紗結とハルワタートは蛟丸の爆弾発言を受けて顔を見合わせた。

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