業賊
深緑の森の最深部に隠れるようにその砦は存在していた。その砦の視線は森の向こう側、椋枝村に向いているように見える。そしてその周囲には警戒するかのように賊徒の姿が見え隠れしていた。その砦の所有者の名は魅鹿王。周辺地域に散在していた賊徒をまとめ上げ恐るべき統率力を持つ盗賊団に仕立て上げた才覚の持ち主である。その砦を監視する影が一人いた。猟師の牧野だ。彼は笠森司書の指示により盗賊砦を偵察しているのだ。
「以前より、周辺を警備している賊徒が多いな……これはただ事ではないぞ」
牧野は冷静に分析し、司書に報告するために椋枝村に帰還しようと砦に背を向けた。だが油断からか小さな木の枝を踏んでしまった。
「しまった!」
牧野は己の中に生じた慢心に心の中で舌打ちをしたがもう遅かった。あれよあれよという間に賊徒に囲まれてしまった。牧野はやむなく山刀を構える!
だが賊徒は牧野を恐れることはなく棍棒で打撃を執拗に加え牧野を無力化させ、素早く縛り付けた。
「魅鹿王様のところに連行しろ!」
リーダー格の号令により哀れ牧野は盗賊砦に連行されていった。
盗賊砦内部の謁見室、その中心には黒い座椅子が設置してあり、そこに異様な鹿の頭骨をモチーフにした兜を被った甲冑の男が座っていた。その男こそ畏怖すべき賊徒の頭である魅鹿王である。
「魅鹿王様、不審な男が砦の周辺で監視らしき行動をしていたので捕獲しました」
配下が牧野を引っ立てながら報告する。兜越しで魅鹿王の表情が上手く見えない。牧野の口にはギャグボールらしき物体がハメてあり、反論不可能の状態である。
「恐らく笠森屋の配下だろう……さてどうしたものか」
魅鹿王は恐ろしく低い声で牧野の処遇を検討する。やはりここは人質交換で身代金をせしめるか。見せしめ殺人で笠森屋を下手に刺激させるよりはマシだろう。魅鹿王は冷静にソロバンを弾いた。
「これはこれは魅鹿王殿、そんな弱腰では困りますな」
第三者の声が謁見室に響き渡った!
声の方向に魅鹿王は振り向いた。そこには襤褸をまとった骸骨男が気配もなく出現した。
「エンブラボン……今は捕虜の処遇を決めている最中だ。勝手に入って来るな」
魅鹿王はエンブラボンに勝手な入室を咎めた。だがエンブラボンは魅鹿王の制止を無視し牧野に近づいてくる。
次の瞬間、エンブラボンは短剣で牧野を突き刺した。短剣を刺された牧野は一瞬苦悶の表情を見せるもその姿が影に溶け込むように消滅し、入れ替わるように悪趣味なメダルが出現した。エンブラボンはメダルを大事そうに懐にしまった。
「エンブラボン、貴様! 捕虜を殺してしまっては元も子もないではないか!」
魅鹿王はエンブラボンに抗議した。
「これは機密保持の為であり、致し方ない犠牲ですよ」
エンブラボンは悪びれもなく言うと、音もなく魅鹿王に近づき静かに囁いた。
「魅鹿王殿、耳寄りな情報があるのですが、先日捕獲したあの双子の片割れが椋枝村とかいう辺境の片田舎の村にいることが判明したのですよ」
魅鹿王の兜越しの表情が若干青ざめた。
「よりによって椋枝村に逃げ込むとは……それで我らに椋枝村を襲撃しろと貴様の上司の通達か?」
「察しのいいニンゲンはワタクシ大好きですよ」
エンブラボンは皮肉を込めた目線で魅鹿王を見た。
「まったく、双子の一人でも捕獲できれば上等だろ……お前の上司は強欲だな」
魅鹿王は嗜虐的な骸骨男に呆れを込めた口調で返した。
「クフフ、我が主である枯渇の魔王はどうしても双子でないと意味がないとおっしゃっておりましてね……全く困ったものです」
「椋枝村と全面的にコトを構えるのは危険だ。あそこには水神の加護がある」
魅鹿王は椋枝村襲撃に否定的な見解を示し、エンブラボンを牽制した。
「おやおや、そんなことを言っていいのですか……枯渇の魔王があなたにかけられた呪術を解呪する術を知っているというのに……これは我々との関係を見直さなければなりませんな」
その言葉を聞いた瞬間、魅鹿王は押し黙る。
「……おのれ枯渇の魔王め、俺の足下を見やがって」
魅鹿王は唇を噛みしめる。
「魅鹿王殿、それでいいのですよ。枯渇の魔王はあなたの蛮勇に期待しています。今日はこの辺で失礼します」
邪悪な骸骨男はそうつぶやくと静かに姿を消失させた。
「クソッ! 俺はなんて奴の甘言に乗ってしまったんだ!」
魅鹿王は枯渇の魔王の恐ろしさに心を凍てつかせた。
盗賊砦、中庭。その片隅に不気味な雰囲気を醸し出す結晶が存在した。その中にはどことなく顔立ちがハルワタートに似ている緑髪の少女が眠っていた。
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