水神

早朝の椋枝村。朝の陽光が村を照らし、爽やかな空気が広がる。昨日の喧騒が嘘のようだ。

 ハルワタートは背伸びをして井戸の水を汲む。笠森司書からは何もしなくてもいいと言われたが何もしないというのも不安になる、自主的なお手伝いの一環で笠森屋敷の所有する薬草園の薬草の水やりを自主的に行うことにした。

「こんなに気持ちいい日差しの朝、天の庭を離れてから初めてです!」

 生き別れのアムルタートが無事かどうか不安を紛らわせたいという気持ちもあった。井戸桶の水をジョウロに移し替える。たどたどしく薬草園の入り口に向かう。すると目の前に紗結と鉢合わせになった。

「ハルワタート、トんな朝早くから薬草園の前でジョウロなんかを持っちゃって、一体何をしているのかしら?」

 紗結はハルワタートに当然の疑問を口に出す。

「…えっと、それはその……薬草園には水やりをしようと思いまして……えへへ」

 とりあえず笑って誤魔化すことを試みた。

「もう、ハルワタートは笠森屋敷のお客様なんだから、そういうこともしなくてもいいのよ?」

 紗結は諭すようにハルワタートに言う。

「でも手持無沙汰だと私、少し不安になるんです。それに妹のことが心配で……」

「ごめん……」

紗結はハルワタートに陳謝した。彼女の気持ちを考慮して、二人は薬草園に水やりに向かった。


薬草園には緑に萌える薬草と少々の作物が広がる静謐な空間だった。その薬草園の薬草を順番に水やりして回った。途中でジョウロの水がなくなるので交代して井戸からジョウロを水を汲んで回った。

「ねぇ、ハルワタート。あなたの妹はどんな人なのかしら?」

 水やりを終えた紗結はふとハルワタートに疑問をぶつけてみた。

「妹は……アムルタートは草花が好きでした。よく白詰草の花を摘んでは花の冠を作ってプレゼントしたものです」

「花冠とは可愛らしい趣味ね」

 紗結は花冠を身につけたハルワタートを想像した。清浄な春風に揺られる蒼髪がとてもきれいに感じた。

「それと天の庭にいた頃は時々、服を交換して悪戯に繰り出したものですが、髪色が違うのかすぐにばれてしまいました」

そう言うとハルワタートは舌を出して笑った。思わず紗結もつられ笑いをする。

「ねぇ、今度は紗結のことを知りたいです」

 今度はハルワタートが紗結について質問する番だった。

「ここだけの話なんだけど私、捨て子なの」

「捨て子?」

 ハルワタートは首をかしげる。

「村と森の間にある神社に捨てられてたの……椋枝村のみんなと相談して深雪お母さんに引き取り手になってもらったわ」

 少しだけ紗結は少し寂し気な表情で話す。ハルワタートは申し訳なさげな表情になった。

「ごめんなさい! 聞かなければよかったですね!」

 ハルワタートは平謝りする。

「いいのよ。私には椋枝村のみんながいるから……」

 二人の姿を陽光が照らしだす。


一方、井戸の底から人知れず現れしモノがあった。それは白蛇だった。白蛇、すなわち水神を意味する。白蛇はニョロニョロ蛇行しながら笠森屋敷の敷地を出て、気づかれぬように村と森の境界線上にある神社の社にたどり着いた。ここが彼の本来のテリトリーなのだ。

「あの蒼い髪のお嬢ちゃんから僅かな神気を感じるわ。ウチの神気センサーがビンビンや……どーしてこんな辺鄙な田舎村に現れよったかいな?」

 白蛇は器用に首をかしげながら供物の団子を丸呑みした。

「うまい……さすが椋枝村の婦人方が真心を込めて捧げた団子や」

 供物の感想を述べた後、まぁそれについておいおい考えていくかと思った白蛇はどくろを巻いてひと眠りにすることにした。

「それにしても紗結、あの娘と仲良くして大丈夫かいな?」

 その独り言は誰にも聞こえなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る