見習い薬師と双子の女神

夏川冬道

邂逅

深緑の森の中、見習い薬師紗結は慣れ切った足取りで歩いていた。今日の紗結の採集対象はキノコだ。昨夜に降った雨でキノコは成長しているはずだ。キノコの中には薬効効果のあるキノコも含まれている。それを母であり師匠である深雪から教わった知識で見分けて採集するのだ。

 森を慣れ調子で進んでいった紗結はどこか森に違和感を感じ始めた。

「しかし、今日の空気は湿気と違うような気がするわ……何かしら」

今日の森の中はどこか不気味だ。そんな時は野生生物や賊徒に襲われるかもしれない。早めに切り上げるべきか。紗結がそう思った矢先のことである。

「人が倒れている……」

 大木の根元に背中を預けるように紗結と同年代らしき蒼髪の少女が神々しいオーラを出しながら倒れていた。紗結は駆け寄り少しだけ少女を揺さぶった。

「返事がないわ」

 紗結は少女を介抱するために村の方に戻っていた。だがそのことが彼女の運命を変転することになる。


椋枝村、笠森屋敷。村で薬種問屋を営む町の名士である笠森司書の屋敷である。深雪親娘も薬師として笠森家に雇われ生計を立てている恩人である。その屋敷の一室に蒼髪の少女が布団に寝かせられていた。紗結は心配そうに見つめていた。同じ年頃の少女が大木の下で倒れこんでいたのだ。心配するのは無理もないことないだろう。

「ここは……どこですか?」

 蒼髪の少女の意識が覚醒した。

「やっと目覚めたのね……眠り姫」

 紗結は心配そうに蒼髪の少女を見つめている。

「妹は……アムルタートは無事ですか!?」

 少女は頭が混乱したのか妹の名を言うと涙をボロボロと流し始めた。

「笠森様!お母さん!誰か来てー!眠り姫のお目覚めよー!」

 紗結は慌てて少女の目覚めを知らせるために司書と深雪の名前を呼んだ。


 今日の笠森屋敷は少し騒がしかった。紗結が拾ってきた見知らぬ蒼髪の少女の意識が覚醒したからだ。主人である笠森司書が心配そうに見つめてくる。深雪と紗結親子はその様子をただ見つめるしかなかった。

「キミの名前はハルワタートでいいんだね?」

 司書が確認するように蒼髪の少女、いやハルワタートに聞いた。

「はい、私の名前はハルワタートです!」

 紗結は聞きなれない名前だと思った。異邦人だろうか?

「どうして、森の中に倒れているか教えてくれるかい?」

 司書は穏やかな口調でハルワタートに核心を突く質問をした。ハルワタートは少し口ごもり、やがて意を決したように口を開いた。

「実は……私は枯渇の魔王に追われているのです!」

 枯渇の魔王! 聞いたことのない名前だ! だが恐ろしく悪い相手の名前だと本能で理解できた。

「私とアムルタート姉妹はは天の庭から追われた追放者。逃げ込む場所もなくただセカイを漂泊する生活でした」

 ハルワタートは悲しそうな表情になった。

「ハルワタートさん、無理して離そうとしないでいいのよ?」

 深雪は心配そうにハルワタートに助言する。

「気にしないでください。それが私たちの宿命ですから……そして私たち追放者の身柄を狙う悪しき魔王、それが枯渇の魔王――ザリチュとタルワです。詳細は省きますが、彼らは天の庭に深い憎悪がありました」

「深い憎しみをもってキミたち姉妹を付け狙うとは……ぞっとする話だね」

 司書は肩をすくめながら姉妹に同情した。

「私たちはその追跡をかいくぐりながら暮らしていきました。しかし枯渇の魔王は土地の賊をけしかけ襲ってきたのです」

 土地の賊! その名を聞いた途端に周囲がざわつき始めた。考えられる賊の名前はただ一つ、魅鹿王のみ!

「奴に襲われるとは枯渇の魔王も考えたもんだ……」

 司書は感情を抑えつつ冷静な口調でつぶやいた。

「私たち姉妹は賊に追われて逃亡する途中で妹は……アムルタートと生き別れになってしまったのです!」

 ハルワタートは悲痛な表情で告白した。笠森屋敷の人々は皆同情めいた表情を見せた。

「大丈夫……きっと妹さんは見つかるさ。この笠森司書が保証する……しばらくは椋枝村で逗留して精神を安定させなさい」

 笠森司書はハルワタートを諭すように言い聞かせた。深雪と紗結もハルワタートを助けなくてはいけないと思った。

ハルワタートも限界だったのだろう。涙が止まらない。 

空は宵闇に包まれようしていた。

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