5日目
凍えるような朝。
まだ夏の終わり目だというのにこの寒さだ。まぁ仕方ないか。
今は午前6時を少し回ったところ。
何をしているのかというと、隣で居眠りをしている彼女と、思い出作りの一環として遊園地に来ている。
開園時間は8時だというのに彼女は
「早く行こっ! 早く行こっ!」
と開園の2時間30分前に、僕を連れて無理矢理出発した。
予想通り2時間前に一番乗りで到着したのだが、着いて少しすると、彼女は小さく寝息を立て始めた。
楽しみで夜も眠れなかったのだろう。どこまでも無邪気な人だ。
僕が彼女の正体を知ってから、彼女はより我儘になったように思う。
僕もそれで良いと思うのだが、あまり無茶はさせられない。
明日からは気を付けよう、そう考えているうちに僕も眠たくなってきてしまった。
このまま2時間耐えるのも辛い。僕も少し眠るとしよう。
***
周りが賑やかになって目が覚めた。
時間を確認すると、8時少し前。
そろそろ彼女を起こさないと。
「もしもーし起きろー。もうすぐ開園だぞー」
すると彼女は、
「んー後5分ー」
と、寝言か何かわからない事を言った。
これは、寝かせておくべきかな。
まぁあと10分程ある。寝かせてやろう。
***
5分経った。
「おーい5分経ったぞー起きろー遊園地の前だぞー」
そういうと彼女は薄目を開けて、
「遊園地? 何言ってんの? 頭おかしくなった?」
と返してきた。彼女は時々どうしようもなく辛辣だ。
「いや、ちゃんと周りを見ろ」
彼女は渋々といった装いで周りを見渡す。
次の瞬間、飛び跳ねた。
「そうじゃん遊園地に来たんじゃん! さぁさぁ覚悟してねー絶叫アトラクション乗り継いで叫んでる動画たっくさん撮ってやるんだから!」
やはり彼女の目的はそれだったのか。
因みに僕は遊園地という場所は初めてだ。何があるのかも知らない。
取り敢えず彼女のおすすめの物に乗っていこう。そう軽く考えていた。
それが、まさかあんな事になるとは知らずに…
「いぇーーーい! 気持ち良ぃーーー!」
そう叫ぶ彼女の横で、血の気の引いた顔をしている僕。
なんで一番最初にジェットコースターに乗ったのだろう。
遊園地の一番人気のアトラクションらしいが、そういうものは最後じゃないのか。
2分ほど重力以外の力に振り回され、やっとのことで終わった。
「いやー楽しかったねぇー」
「…どこが?」
「楽しくなかったの? あーなるほど絶叫系は苦手な感じですかぁー?」
「あぁそうみたいだ。首がもげるかと思ったよ」
「面白いねそれ」
「いや、冗談抜きで怖かった」
そのあと軽く吐きそうになりながらも、彼女に連れられるままにマジックハウスに入った。
傾いているように見える部屋に入り、彼女の後をついていく。
そしてふと思った。
なんの罰ゲームだこれ。アトラクション選びは彼女に任せているが、完全に吐かせにきている。
「ボールが下から上に? 頭がおかしくなったのか僕は?」
「違うよー。そういう仕掛けなんだよ…って大丈夫? 顔色真っ青超えて死人みたいだよ? ここ出たらちょっと休憩しようか?」
「そうして貰えると有り難い」
その後も、鏡だらけの通路で彼女の背中に衝突したり、螺旋模様の通路で転んだり。挙げ句の果てには出口の扉で頭を打った。
どうにか地獄からの脱出を成し遂げた僕だったが、彼女が「本当に大丈夫?」と、声を掛けてくれる度に自分が惨めに思えてくる。
彼女の遊園地の思い出の中に、僕の失態があるのはかなり申し訳ない。でもこれに関しては全面的に彼女が悪いと言える。
連続で嘔吐確定のアトラクションを選んだのは彼女だ。耐性がない僕にも非があるかもしれないが、それは考えないようにしておこう。
とにかく何が言いたいのかというと、彼女が怖い。ここまでの2つでこの有様だと言うのに、休憩がてら僕の隣で園内マップを開いて、アトラクションに丸を付けている。
次もあんな感じなのかと思うと寒気がしてきた。
「ねぇ、次は何をするんだ?」
「えーと次はフリーフォールかな。えっとーアレだよ」
彼女の指差す方向には、目測40メートル近くある巨大な塔が聳え立っている。
何が起こるのか見ていると下から、椅子に座った4人の人達が壁に沿うように昇ってきた。
刹那、椅子ごと落下した。
また昇ってきた。
そしてまた落ちた。
嘘だろ。なんでここに来て強い重力に襲われなければならないんだ。
早くも脚が震え出した僕を見て、彼女はクスクスと笑った。
仕方ない、覚悟を決めよう。もう死んだって構わない。そんな心意気で彼女に言った。
「さぁそろそろ休憩も終わりにして、雲を掴みに行こうか」
「なーに気障なこと言ってんの。あ、強がってるのか。楽しみだなぁーあなたの悲鳴っ」
いきなり心が折れそうだ。
ガクガクの脚でアトラクションに並んで、椅子に座った時にはもう涙目だった。
開始のアナウンスが流れ、恐怖心を煽るかのようにゆっくりと昇っていく。当然高度が増す度に後悔が膨れ上がっていく。
隣町の隣町が眺望できるほどの高さに達した時、アトラクションは完全に動きを止めた。
(あぁ、さようなら。少しでもゆっくり)
心の中での祈りの途中で無慈悲にも降下を始める。もう怖すぎて声も出ない。僕の横では彼女が爆笑している。怖くないのかよ。そう言ってやりたかったが、それどころではない。
アトラクションは地面スレスレで急停止し、今度は速い上昇を始める。
そう、速い分落下までの時間も短い。
先程よりも少し低い位置で2秒ほど停滞し、落下。
相変わらず彼女は爆笑している。
また地面スレスレで止まり、最初よりもゆっくりと上昇する。
(あぁ、今度こそ終わった。さようなら。今度こそゆっくりと落ちますように)
心で安全を祈り、覚悟を決めたがなかなか落下しない。
なんだろう、もしかして故障だろうか。そんな事を考えてしまい不安に襲われてしまった。
係員は何をしているのかと下を見た瞬間、アトラクションは最後の落下を始めた。最悪のタイミングだ。
恐ろしい程の重力に襲われ、顔を上げることすら出来ず、真下を見ながら地面が近付くのを見ていた。
そして僕は決心した。
もう、遊園地には来ない。
***
地獄のアトラクションが終わり、爆笑し続ける彼女を睨みつつ、ガクガクの脚で観覧車の長蛇の列に並ぶ。
「いやー最高だね。もう笑いが止まらないよ。あの真っ青な顔。ふっ、思い出すだけで笑える。あーお腹痛い」
「僕もう泣くよ? ほら見てこの目! もうウルウルでし!? 君の所為だからねー責任取れよー」
「大丈夫っ! 観覧車は満足してくれる筈だよ」
これでつまらなかったり、揶揄ってきたら許さないからな。心の中で毒付いておく。
それにしてもこの列、長すぎやしないだろうか。先頭が見えないのだが…
「そーんな暗い顔しないのっ! 初めての遊園地で疲れたのは分かるけど、これが最後だからさ」
「疲れさせたのは君だろ……」
「んー? それは言っちゃ駄目なやつかなー?」
圧が凄い。そしてその元気の1割でいいから分けて欲しい。
若者は元気だなぁ、なんて年寄りじみた思考にたどり着いたが、声には出さないでおいた。絶対にまた爆笑を浴びさせられるから。
一歩ずつ列が進む。
まだ少しふらつきはあるものの、だいぶ回復してきた。
彼女はというと、まだ時々僕の失態を思い出してか、「ふっ」と声を漏らしている。もういい。適当に話を振って忘れてもらおう。
「なぁ、君は遊園地何回来たことあるんだ?」
「え? どうしたの急に。そんなの来たことないに決まってるじゃん」
決まってはいない。しかし驚いた。
初めて遊園地に来た割にはジェットコースターといい、フリーフォールといい、全然怖がる素振りも見せなかった。
「ふーん。やっぱり君は不思議な人だ」
「えっ、なんで今馬鹿にしたの? そんな空気じゃなかったよね?」
「へぇ君でも空気は読めるんだね」
「あーもう馬鹿にしてー許さんっ!」
そう言って脇腹を小突いてくる彼女は、なんだか儚さを纏っているように見えた。
そうやって戯れ合う間に列の先頭になった。
「さぁさぁ。高所恐怖症予備軍のあなたに耐えられるかなー」
やっぱり揶揄ってきた。
落下とかしません様に、と心で唱え続けながら彼女に続いて青いゴンドラに乗り込む。係員さんに外から鍵を掛けられ、完全な密室空間と化した。
「ほら見て。良い景色でしょ? 遠くの海まで見える。丁度夕焼けの時間かな。並んだ甲斐があったねー」
彼女に促されて外を見ると、「美しい」という言葉にピッタリな景色が広がっていた。
「おぉー綺麗だ。こんな景色が見られたなら君の悪事は水に流そうかな」
「やったぁー私も流石にちょっと弄り過ぎたかなとは思ってたの。ごめんねぇーふっ、あなたが面白すぎて」
彼女、なかなか引っ張るタイプだな。まぁ、そんなところも好きだったりするけど。
暫く無言で景色に見入り、丁度ゴンドラが頂上に来た時彼女は言った。
「楽しかったなぁー。もう少しだけでいいからあなたと、今日みたいに学校ズル休みして遊びたかったなぁ。やっぱり、後悔しちゃうものだね。あと2日間しかないけど、これからもよろしくね」
「あぁ、目一杯楽しもうな」
そうして今日は終わりを迎えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます