明晰夢
これは夢だ。何故かそう理解していた。明晰夢とか言うやつだろうか。
分からないけど、一つだけはっきりと思い出したことがある。
彼女、月本陽奈乃は10年前に死んでいる。
確かに僕の目の前で、横断歩道の真ん中で佇む少年を助ける為に飛び出して、彼女は撥ねられたのだ。
あの日は数メートル先も見ることが困難な程の大雨だった。
だから信号が見えなかったのだろう。車は赤信号に気付かず、スピードを落とさずに横断歩道に差し掛かろうとしていた。
でもそこには少年がいた。黒いパーカーを着て、フードを目深に被った少年は車の存在に気付いた時、怯えながらもなんだか安心したような顔を見せた。
そこに彼女が飛び込み、少年を突き飛ばして身代わりとなった。
この話は町内で広がり、月本陽奈乃は英雄と呼ばれるようになった。今更彼女を讃えても、彼女が死んだという事実は消えないのに。
確かに統計上では数字の一つでしかないのかもしれない。もしそうであっても、この命は彼女が守ってくれたもの。この灯は決して消してはいけない。それが僕にできる唯一の贖罪なのだから。
なんて彼女に伝えたなら、「そんな訳ないじゃん」と、笑い飛ばしてくれるだろう。
でも僕らの関係は、こんなにも些細なことで崩れ落ちてしまうかもしれない。
それはとても悲しく辛い事。
例え彼女が幽霊の類であったとしても、僕は彼女に恋をした。
単純に彼女を好きだと思った。
僕はもう少し、幸せと戯れていたい。
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