第18話(紗代) お金で自信を手に入れたけれど、すぐにはうまく進まない
婚活アプリに登録してみた。
写真を撮って、プロフィールを完成させて、どきどきしながら男性の写真を見ていく。
だけどそうしていると頭を過るのは、ヒロトくんの顔。
思考が形を持つ前に頭を振って作業を再開すると、アプリの通知音が鳴った。
男性からの「イイね」がたくさん届いていて、驚きながらも、一人一人の情報を眺めていく。
犬が好きだというメッセージをくれた男性へ「ありがとう」を返せば、すぐに返信が来た。
わたわた慌てながらやりとりを数通。相手は、アプリではなくプライベートの連絡先を教えてと言ってきた。
そこで少し冷静になって、一気に怖くなる。
返信する前に、妹の也実ちゃんに相談してみることにした。
「この男、ネットワークビジネス臭がする」
男性の写真やプロフィール、私とやりとりしたメッセージの履歴を見た也実ちゃんは、顔を歪めてそう告げた。
「そうなの? 危ないの?」
「載せてる写真もうま過ぎて、なんか胡散臭い気がする。それに、たった二往復のメッセージで突然アプリ外でのやりとりしようとか、信用できない」
「そっかぁ……。難しいね」
「街コンとかは、行ってみないの?」
「うーん……そういうのって、どうなのかな?」
「私は行ったことないけど、ああ、でも駄目だ。お姉ちゃんかわいいから、男たちに群がられて怖い思いするよ、絶対」
「それはないと思うけど……」
「やめておこう。まずはアプリで、私も一緒に相手をチェックしてあげる」
「お姉ちゃんだって、立派な大人だよ?」
「わかってるけど、私はお姉ちゃんに、誰よりも幸せになってもらいたいんだもん。そんじょそこらの男は許さん」
「直也くん並の人を探さないとかぁ。なかなか難しそう」
想像通り、私の婚活は難航した。
也実ちゃんのチェックが厳しいとかそういう問題じゃなくて、その活動が想定外に、私にとって苦痛だったのだ。
ヒロトくんから言われた「かわいい」や「キレイ」は舞い上がれたのに、メッセージで送られてくる他の男性からのその言葉は、全く心が動かない。
毎日送られてくるメッセージも、私を疲弊させた。
もともと私は静かに暮らしていたのだ。人と常に連絡を取り合うなんて、慣れていない。
おはよう。
おはようございます。今日もお仕事頑張ってください。
ありがとう。サヨさんも頑張って。
仕事、終わったよ。サヨさんはまだ仕事中かな?
お疲れ様です。私も今終わりました。
今、何してる? 君は何が好き?
毎日何通もやりとりをして、「おやすみ」と送るタイミングを探る。
自分の時間が奪われていく、そんな心地。
これまで私は恋愛に興味がなくて、自分の大事な家族以外には、心が動かされるということがなかった。
だけど家族を安心させるために結婚は必要で、試しにお見合いをしたこともある。
『その体。自己管理ができない女性は、ちょっと。君のような人の隣は歩きたくないかな』
これまで身なりに無頓着で、私は、世間一般でいうブスだった。
お見合い相手が発した断り文句は当然の結果として、受け入れた。
「チロー……。ヒロトくんとのおしゃべりは、あんなにドキドキして楽しかったのに。私、プロじゃないと駄目な贅沢ものなのかなぁ?」
私の声を聞き取ろうとして、チロがこてんと首を傾ける。
あまりのかわいさに癒やされて、いつものように、同じベッドで眠った。
※
違和感を感じたのは、職場の最寄り駅から電車に乗って、すぐのことだった。
最初は、鞄が当たったのだと思った。
体をずらしてみたが、ついてくる。
さわりと動く、不快な感触。
生温かい手のひらが、私のお尻を握った。
「おい、あんた。次の駅で降りろ」
ドスの利いた男性の声が告げて、気持ちの悪い手のひらは、私から離れる。
怖くて、混乱した。
痴漢なんて、生まれて始めて。こんなに怖いものだったなんて……。
助けてくれた相手はスーツにネクタイ姿。
親切なその人は背が高く、余裕のなかった私は、助けてくれた人の顔までは見なかった。
それがあのヒロトくんで、無意識に名刺交換をしてしまったことで、本名と勤め先を知られてしまったことに気付く。
自分の失敗に、血の気が引いた。
自分の愚かさに腹も立った。
彼には宝くじの件を話してしまっていたから。素敵な思い出が汚されてしまう、それがとても、悲しかった。
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