第16話 こだわり過ぎたら、なかなか先へ進めないと思うだろ?3

 天気のいい日のデートで、観覧車へ乗った。

 さりげなく隣に座って、てっぺんで紗代さんの名前を呼んで、見つめ合って数秒。

 顔を近付けたら、明るくて恥ずかしいと俯かれてしまった。


 大さん橋で、横浜の夜景を見た。

 結構暗い場所で、人から見えない視覚もある。

 少し座ろうかと、誘導する。

 会話が途切れ、いい雰囲気。顔を近付けると紗代さんは、やっぱり恥ずかしいと泣きそうに告げて、俺の肩へ額を寄せた。


 脳内では、もう何度キスしたかわからない。

 柔らかな唇。熱い口腔。

 妄想の中では、それ以上のことだってしている。


 恥ずかしがり屋の紗代さんの緊張をほぐすにはどうしたらいいだろう。

 考えて、鼻キスから始めてみることにした。

 キスの距離に慣れてもらおう。


「紗代さん。キスはしないから、目をつむってて」


 休日のデートで、夕暮れの海岸沿いを手をつないで歩きながら、お願いした。

 周りには、誰もいない。

 紗代さんは不思議そうにしながらも目を閉じてくれて、俺は身を屈め、すりすりと鼻と鼻を擦り合わせた。性的なものを感じさせるものではなくて、動物たちが甘えるような、そんな触れ合い。


「紗代さん、大好き」


 顔を離した後は、彼女の耳へ唇を寄せてあふれる想いを流し込み、そっと抱き締めた。


「い、今の、なんですか?」


 緊張すると、時々敬語になる紗代さん。


「んー? 愛情表現」

「ドキドキした。けど、かわいかった」

「時々、してもいい?」


 こくんと、許可の動作。

 作戦は成功だ!



 俺たちは、チロちゃん連れでもよく出掛ける。


 紗代さんは鼻キスが気に入ったようで、チロちゃん相手にすりすりしてる。

 俺にもしてほしい。

 鼻キスをされてる間、チロちゃんはうれしそうに尻尾を振り、お礼に紗代さんの鼻をぺろりと舐める。

 その光景があまりにもかわいくて、次の機会にはスマホのカメラを構えることを心に決めた。


 雨の日の休日。

 お家デートに誘ってみた。うちでまったり、映画でも観る予定。

 物珍しそうに、キョロキョロ部屋を見回す紗代さん。

 俺の生活空間に紗代さんがいる幸福を、噛み締める。


「紗代さん。実は俺たち、付き合って一カ月が経ったんだよ」


 部屋に隠していた花束を取り出し、紗代さんへ差し出す。


「今は一輪だけど、記念日ごとに一輪ずつ増やしていくから。これからも、よろしくお願いします」


 赤いバラの花と、白いカスミ草。

 受け取った紗代さんは瞳をうるませ、幸せそうに笑った。


「私、全く気付いてなくて。何も用意してない」


 ごめんねと俯いた彼女。

 俺はにっこり笑って、彼女の頬を片手で包む。

 俺に誘導されて、紗代さんは顔を上げた。真っ直ぐ俺を見てくれる、穏やかな瞳。


「これから、もらう」


 ゆっくり近付いても、彼女はもう逃げない。鼻キスの成果だ。


 紗代さんがきゅっと両目をつむり、俺は顔を傾ける。

 唇が触れ合って。なんか……とろけそう。


 がっつき過ぎないよう、数秒で離れた。


「紗代さん。好きだよ」

「私も、本郷さんが大好き」


 とろんとした瞳がたまらなく愛しくて、堪えきれず、もう一度唇を重ねる。

 撫でるように触れて、軽くついばんで。

 紗代さんの両手が、俺の肩の部分の服を、ぎゅっと握った。


 永遠に触れていたい。


 彼女の項を右手のひらで包んだら、緊張で固まっていた紗代さんの体が、ピクリと揺れる。

 最後に軽く吸い付き、リップ音を立てて顔を離したら、ゆでダコになった紗代さんが俺の胸元へ額を擦り寄せ、顔を隠す。


「な、ながいよ」


 それが、ファーストキスの感想だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る