第15話 こだわり過ぎたら、なかなか先へ進めないと思うだろ?2

 ほどほどに飲んで、食べて。男同士で語らってから、徹くんの自宅へと戻った。

 玄関の鍵が開いた音を聞きつけたのだろう、スリッパのパタパタ音と共に、紗代さんが玄関へ出てきた。

 おかえりと告げた彼女を見て、俺の脳内には妄想が広がる。


 新妻の、紗代さん。


 こんなふうに出迎えられたらきっと、俺は彼女を抱き上げ、ベッドへ直行する自信がある。

 ご飯作ってあるよとか、お風呂入れたよとか言われながら、困ってへにょ眉になった紗代さんに、背中を叩かれたい。


「本郷さん、大丈夫? 徹に変なこと、言われなかった?」


 現実の彼女もへにょ眉で、俺が徹くんと直也さんにいじめられなかったかを心配している。


「むしろ、俺がどれだけ紗代さんを好きなのか、アピールしておいた。これから、紗代さんにもたくさんアピールしないとね」

「じ、冗談はいらないですっ」


 弟たちの前だからか、お姉さんらしくぴしゃりと告げた紗代さん。だけどゆでダコなのは隠せていなくて、愛らしい。


「かわいい。好き」


 やんわり抱き寄せれば、抵抗することなく、紗代さんは腕の中におさまった。それどころか、俺の胸元へ擦り寄るオマケ付き!


「いいな。俺も也実を抱き締めに行こう」

「俺も。かりーん! ただいまー」


 それぞれの配偶者のもとへ向かう背中を見送って、俺は紗代さんを抱く腕に力を込める。


「紗代さんが家族を大好きなのと同じぐらい、徹くんも也実さんも、紗代さんが大好きなんだね」

「そういう話をしてきたの?」

「うん。ショートケーキのホールを一人一つずつ食べて、三人そろってお腹を壊した話とか」

「うそ、やだ!」

「紗代さんの作る、也実さんのバイト先からもらったお惣菜のアレンジ料理がめちゃくちゃうまかったって話とか、いろいろ聞いた」

「やっぱり徹ってば、変な話ばっかり」

「俺は徹くんの話を聞いて、より一層、紗代さんを大事にしたいなって思ったよ」


 紗代さんは何も答えなかったけど、俺の胸元に顔を埋めてきた。

 思わず頭頂部にキスをしたけど怒られず、しばらく彼女はそのままで、まるで、俺の心臓の音に耳をすませているようだった。



   ※



 月曜日。

 いつもの時間に電車へ乗りこむと、俺を見つけた紗代さんが、ほわりと笑う。

 おはようと挨拶を交わし、ドアの脇で向かい合って立つ。


「昨日は楽しかったね」


 あの後俺たちは、結局二人きりにはさせてもらえなかった。

 也実さんが、鬼気迫る様子で俺たちを引き止めたからだ。


「妹と弟が、本当にごめんなさい」

「俺は楽しかったよ。だから、気にしないで」


 二人きりになれなかったのは残念だけど、これからまだ、時間はある。

 それに、徹くんアンド花凛ちゃん夫妻の結婚式での紗代さんの映像とか、家族旅行での紗代さんの写真とか、いろんな過去の紗代さんを見せてもらえて、むしろプラスで最高だった。


「俺とも、旅行しようね」

「まだ早いと思うの」

「少しずつ、進もうね」

「……うん。ありがとう」


 俺は、最高に幸せな通勤時間を満喫した。


 お付き合いが始まった俺たち。

 変わったことと言えば、許可を得ないハグが許容されるようになったこと。

 キスはまだまだ許されそうにないけど、そこまでの過程も楽しいものだ。

 ロマンチックで、思い出に残るファーストキスの計画を練らなければならない。


 メッセージのやりとりの頻度も増えた。


 お互い仕事があるし、家での時間もそれぞれあるからそこまで多くはないが、俺がお願いしたことにより、チロちゃんのかわいい一枚が撮れたら送ってくれるようになった。


 金曜日は仕事終わりに食事に出掛け、土曜はデート。日曜は、それぞれの時間を過ごす。

 いきなり紗代さんの生活サイクルをがらりと変えさせて、負担になりたくない。だから、紗代さんのほうに家の用事があれば、土曜のデートがなくなることもある。


 順調に逢瀬を重ね、少しずつ互いを知っている俺たち。

 今はまだ、ジリジリ距離を測っている。


 これまでは電車とロードバイクだけで事足りていたから、俺は車を所持していない。

 紗代さんがドライブデートをしてみたいと言っていたし、車を買おうか計画中。


 日々は穏やかに過ぎていき、俺たちの交際は、順調だ。

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