第10話 制御できない衝動を恋と呼ぶのなら、これは俺の初恋だ1

 俺は別に、モテる人間ってわけじゃない。

 幼小中はどこにでもいるクソガキで、運動も成績も、これといった取り柄のない平凡な子供。

 高校時代は、進学校に通っていたせいで勉強漬けの日々だった。

 大学に入り、それなりに恋人ができたり別れたりもした。


 俺の意識を変えたのは、就職活動だ。


 第一印象は見た目から。

 能力以外に見られるのは、将来性とかのなんやかんや。

 とりあえず、自分をよく見せる。

 相手に俺が欲しいと思わせる。

 俺はそれが、意外と得意なようだと気が付いた。


 新卒で入社した会社で、仕事にも慣れて。政府の老後二千万発言で副業が解禁されて、先輩や同僚たちがいろんなことを始めたという情報を耳にしながら、俺も何かをやろうと考えた。

 投資はもともと、少額で細々とやっていた。

 いろいろな副業を検討した結果たどり着いたのがレンタル彼氏で、物は試しと登録してみれば、意外と客が付いた。


 就活の経験から、相手が求めるものの研究や見た目への追求も特に苦にならず、努力の結果が報酬につながるのは面白かった。

 そうして三年、続けた副業。辞めたことに後悔はない。


 平日にたまった洗濯物と掃除を済ませ、空いた時間に筋トレをする。

 思考が暇になると、俺の頭を支配するのは紗代さんのこと。

 昨夜の泣き顔。

 俺が好きだと言って泣いた彼女。

 俺の背中へ腕を回して抱きついた際に押し付けられた、柔らかな体。

 今でもはっきり思い出せる。

 何度も反芻しながら邪な思考にたどり着くのは、男なんだから仕方がない。

 あの時彼女の唇へのキスが許されていたら、恐らく俺は止まれなかった。


 誰かに対して、ここまでの衝動を感じるのは初めてだ。


「明日まで、まだ長いな」


 独り言を呟き、スマホを手に取る。

 メッセージを送った相手は、暇を持て余していそうな友人数名。


 筋トレでかいた汗をシャワーで流している間に返事が来て、そのまま支度を整え、友人たちとの飲み会へと繰り出した。



 友人たちとよく集まるダーツバー。

 俺が着いた時点で既に三人集まっていて、酒を片手にダーツを投げていた。


「お前から連絡してくるなんて、久しぶりだな」

「副業デート、今日はないのか?」


 近付く俺に気付き、口々に声が掛けられる。

 注文した酒を片手に、俺も一緒にゲームに興じた。


「レンタルの副業、辞めたんだ」


 俺の発言に興味をひかれた様子で、ダーツを投げる手を止め、友人たちは聞く姿勢をとる。


「まぁ、ずっと続けられるような仕事でもなさそうだもんな。辞めてよかったんじゃねぇの」


 もともと俺の副業に対して否定的だった一成かずなりが、苦笑を浮かべつつ告げた。


「婚期逃しそうな仕事だったもんな」


 公務員として働く真面目なわたるも同意する。


「でもさ、結構楽しそうにやってたじゃん。突然辞めるなんて、何があったんだ?」


 この中で唯一結婚している健司に問われ、俺は、紗代さんのことを話した。


「実は、お客さんにマジ惚れしてさ。告白して、返事待ち中なんだ」

「規約違反でクビとかって話?」

「違う。他のお客さんとデートなんて考えらんねぇほど、彼女に夢中ってこと」

「うわ、マジか」

「健闘を祈る」

「結果出たら教えろよ~」


 それぞれ適当な反応をして、ゲームへ戻る。

 その後、他の友人たちもぽつぽつ集まって、久しぶりにバカ騒ぎを楽しんだ。


 何杯目かもわからない酒を片手に、友人のバカ話を聞いてゲラゲラ笑っていたら、スマホが着信を知らせていた。

 表示された名前を目にして、俺は慌てて静かな場所へ向かう。


「もしもし。紗代さん、どうしたの?」

「ごめんね、突然。今、平気?」

「平気。けどごめん。結構酔ってる」

「そうなの? じゃあ、電話は迷惑だったね」

「全然! 声聞けて、めっちゃうれしい。友達と、渋谷で飲んでてさ」

「ああ。なんだか後ろが騒がしいね」

「女性はいないから、安心してほしい。男友達だから」


 電話の向こうで、柔らかに笑う声。


「なんかそれ、逆に怪しくなるね」

「え! マジ?」

「本当に酔ってるんだね。なんか、いつもより幼い感じがする」

「そりゃあ、いつもは格好つけてますから。好きな人には頼られたいじゃん」

「実はね」

「うん」

「今、妹と弟と、妹の旦那さんが一緒にいて」

「うん。相談してたの?」

「そう。それでね、不安なら電話してみろって。突然の電話って、結構いろいろわかるよって言われてね」

「なら、これテスト? ヤバいね。酔っぱらいだね」

「かわいい」

「紗代さんのほうがかわいいよ。好きだよ、ほんと、大好きで、好きすぎてヤバいから」


 紗代さんの返答がなくなって。照れて真っ赤になってる彼女を、頭の中に思い描く。


「紗代さん?」

「……はい」

「それで、何かはわかった?」

「わからない。けど、声が聞けて、すごくうれしい」

「俺もだよ。電話してくれて、ありがとう。あ、明日、何時に会えそう?」

「お昼過ぎかな」

「夕飯は、一緒に食べてくれる?」

「うん」

「よかった。うれしい」


 待ち合わせの時間と場所を決めて、通話は終わった。


 紗代さんの声の余韻を噛み締めてる俺の背後から、唐突に誰かが体当たりをしてきた。

 何事かと振り向けば、健司がにやにや笑っていて、その後ろには、一成と航もいる。


「本気でお前がデレデレメロメロなんだってのは、わかった」

「大翔より先に、俺が結婚する予定だったんだけどなー」

「まぁ、頑張れ」


 その後俺は、茶化してくる友人たちと、とことん飲んだ。

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