念のため従者二人に確認をとる。猟犬顕現者と松垣さん殺害犯が同一人物の可能性があるというと、二人ともどこか確信していたように頷き、調査を許可してくれた。


 三階に行き、零時方向の窓から外を覗くと、朝日を反射したギザギザオブジェが変わらず転がり、近くにあの猟犬がたむろしている。未だに館は閉鎖空間と化しているようだ。外部犯の可能性は限りなく低い。


 内部犯であるなら、生き残った誰かが犯人ということになる。


「部屋は完全に密室だったことは間違いないな」


 上野原は扉前で腕組みしながら呟く。


 部屋は雛田さんが開けるまで閉まっていた。窓はなく、部屋同士を繋ぐ隠し扉もない。


 次に殺害方法だが、やはり猟犬に殺された説が有力だが、奴らの制約が立ち塞がる。


「というと、犬が中に入り込んでいるということになるな」


「それはないよな」


 館にはカドがないことは確認済。あのギザギザオブジェで呼び寄せた?


「可能性はあるが、それなら犯人は猟犬を使役していることになる。仮に使役しているとしても、どうやって密室を突破したんだ?」


「うーん」


 松垣さんの荷物に予め仕込んでおき、中で顕現させる? 後で回収すれば……って、荷物検査をしたことを思い出す。現場はそもそも密室だった。俺たちが踏み込んだ時にギザギザオブジェなどの不審物はなかったから、仕込んだ説はどうもなさそうだ。


 使役の可否はどうあれ密室を突破しない限り、今回の犯行は不可能だ。上野原は入念に扉を調べている。


「これは……うわっ」


 ドアノブを調べている上野原から悲鳴に似た声があがる。


 彼の指先に、ドロリとした液体が付着している。しかも細かな肉片も混ざっている。すぐにティッシュを一枚渡す。


「松垣さんの……」


 続けようとして表現に困って、黙りこむ。


「レインの目は節穴か? よく見なって」


 見ると、上野原が調べていたのは部屋の外側の鍵穴だった。


「外側の鍵穴に、内側で殺された人の死肉は入らない」


 上野原に連れられ、三階厨房を覗く。


「あ、二人とも」


 従者二人に混ざり、大塚さんがエプロン姿で手伝っている。


「何かしてないと、不安でさ」


 厨房は寝室と同じくらいの広さで、小さいコンロと冷蔵庫、流しがついただけの質素なつくりだ。コンロの上には鍋とフライパンがセットされている。


「これ……最後の食糧だって」


 冷蔵庫を開けると水とレトルトスープの袋、さらに小さな冷凍庫には昨日の唐揚げと餃子が入っている。どれも少量で、今日の昼で無くなるとのこと。


「あの、麦茶ってまだあります?」


 上野原の質問に、奥で食器を片付けていた那須井さんが頷く。


「あとで捨てようと思ってたとこ」


 彼女はピッチャーに入った麦茶を見せてくれた。水滴が付着し、半分以上残っている。


「昨日、麦茶を作り終わってから変わったこととかありました?」


 上野原の質問に首を振る那須井さん。丁度良く雛田さんが戻ってきたので、同様の質問をすると、


「気味悪いから言わなかったんだけどさ」


 雛田さんは声を限りなく小さくして続けた。


「館の外掃除終えて戻ってきたら、ピッチャーの周りに煮汁が垂れていたんだ。生ものは扱っていない筈なんだけどね」


「それって、いつ頃でした?」


「昨日の、開館前だな。一番客の松垣と下谷のおっさんたちが来る前」


 ちなみに客の到着順は、松垣・下谷、駒場、俺たち三人、最後に坊山という順番だったらしい。スペアキーについて尋ねると、昨日は休憩室で保管していて、誰にも渡していないとのことだった。


 厨房を後にした俺と上野原は、二階に戻った。


 ベンチでは相変わらず坊山さんが頭を抱えている。一方の駒場さんは書物のレプリカを眺めている。


「あ、あの……お昼、出来ましたよ」


 エプロン姿の大塚さんが昼食を持って下りてきた。館での最後の食事だ。冷凍の唐揚げと餃子、湯気が立つスープが食欲をそそり、ぐうと腹が鳴る。


 すぐに従者二人も下りてくる。雛田さんは何やら嬉しそうに俺たちを見つめる。


「彼女、あなた達には高嶺の花ね」


 悪戯っ子のような笑みに、言い返す言葉もない。


「ちょっと万里奈さん!」


 困ったような表情で大塚さんが答える。


 彼女はサークルでも人気の的で、泊まりがけでTRPGをした時も夜食を振る舞ってくれた。俺の命に代えても……野暮なセリフが頭を駆け巡る。


「あっ、お水忘れちゃった」


 那須井さんの声に、雛田さんが機敏に手を上げる。


「持ってきてやるよ。可愛い新人に仕事取られちゃったからなあ」


「もう!」


 大塚さんもまんざらでない表情だ。雛田さんは翻して三階に向かう。


「すみません。食欲ないので」


 坊山さんは食べるつもりがないのか、力なく首を振るのみ。諦めた彼女は彼の横に料理を置く。彼は相変わらずホクロを弄っている。


「冷めちゃうと、美味しくなくなっちゃいますよ?」


 坊山さんは黙ったままだ。


「どれ、頂こうかな」


 駒場さんは食事を受け取る。頬に出来た大小複数のカサブタが痛々しい。


「俺たちも食べようぜ」


「あ、ああ」


 怪訝な表情をしていた上野原だが、スープの湯気に若干表情を綻ばせた。

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