ひとまず部屋を後にし、二階へ向かう。


 道中、先程のメモについて上野原に聞いてみた。


「予習が足りんぞ、レイン」


 いつもの軽口が飛び出し、少し気が楽になる。


「あれはクトゥルフ信者の聖句の一つだ。直訳すると【ルルイエの館にて死せるクトゥルフ夢見るままに待ちいたり】」


 こいつ、ラヴクラフトの生まれ変わりではなかろうか。


「つまり?」


「宿題にしておくよ」


 浅はかな知識によると、クトゥルフは大昔に栄えたムー大陸に都市ルルイエを築いた。今や大陸は沈み、ルルイエも海の底だが、都市の中心に墓所のような館が聳え、クトゥルフが深い眠りについているという。


 つまり犯人はクトゥルフ復活を目論む信者ということか。【ティンダロスの猟犬】を顕現させ、俺たちを閉じ込めたのも、これが狙いなのか。


 クトゥルフ信者の中に【深きものども】がいる。彼らは全ての水棲生物の支配者であるクトゥルフを崇拝しているが、住処は海だ。陸地での活動は不可能だろう。


 あるいはクトゥルフら旧支配者グレート・オールド・ワンが飛来する前、地球を支配していた【いにしえのもの】だろうか。彼らは無定形生物【ショゴス】を使役し繁栄した。クトゥルフたちとの間で激しい戦争を繰り広げたが、後に和平を結んだともある。


 あと死体の状況。


 とても人間技とは思えない有様だった。【ティンダロスの猟犬】を顕現させたのか。しかしカドはないはずである。


「あなたが殺したんでしょう!」


 思考の渦は、響いた怒号によってかき消された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る