第2話 「リニア王子、シンナゴヤを探す」
「しまった!もうこんな時間だ、よければこのままセントレアに泊まっていかないか?東横インでもいい?ビジネスホテルならいくらでも用意できるよ」
「ああでも私、終電で帰らなくちゃいけないの」
「え?終電!?もしかしてこの駅の終電かい?」
「そうよ」
「だったら急がなきゃ、セントレアの終電は思ったより早く終わることで有名なんだ」
「ええ!なんですって!?」
「セントレアができた当初も、終電が早すぎて飲食店の従業員が帰れないって苦情が出たぐらいなんだよ、ほらその頃の朝刊がこれの6ページに…」
リニア王子のうんちくに耳をかす余裕はありませんでした。
鉄道マニアは話し出すと長いのです。
シンナゴヤは王子を無視して急いでデッキから屋内へ、3階飲食スペースを走り抜け、エスカレーターを降りて2階へ急ぎます。
まるで、わずかな停車時間の間に複数のホームから同じ車両の写真を撮ろうとする撮鉃のように全力で走ってゆきます。
「最終~岐阜行きが発車しま~す、ご乗車のかたお急ぎください~」
ベテランの駅員が大きな声で案内を繰り返してます。
走るシンナゴヤの後ろを懸命にリニア王子がついてゆきます。
「ま、まってくれお嬢さん!僕はまだ君の名前をきいてないんだ!」
「私の名前は!」
改札にマナカをタッチしながらシンナゴヤが叫びます。
「私の名前は~!」
ドアに滑り込んで、改札の向こうの王子に続けます。
「私の名前は~シン」
「ダァ!シャーります!」
シンナゴヤよりも大きな声で、駅員が出発を告げました。
残念そうな二人の表情とは別に、無事に最終を発車させた駅員の誇らしい顔。
出会いは一瞬、ラブストーリーは突然に。
言葉にできない思いをかかえながら、二人はふとあることに気が付きました。
リニア王子の足元に、一枚の時刻表が落ちているのです。
「なんだろう?これはさっきのお嬢さんが、改札を通るときに落ちたような」
リニア王子が手にしたのは、シンナゴヤが落とした一枚の時刻表でした。
それも一般発売されているものではなく、駅員が仕事で使うかなり細かいほうの。
シンナゴヤは車内で気が付きます。
「しまった!業務用時刻表落としちゃった!やべえ!駅長に怒られる~!!!」
翌日、リニア王子のお嬢様探しが始まりました。ヒントはもちろん時刻表です。
「きっとこの時刻表を捌ける駅、それがあのお嬢さんに違いない、確かめたいのだ、たのむ爺」
「かしこまりました、必ずや見つけましょう」
リニア王子に長年使える、ジョウホク爺さんも張り切ります。
「この時刻表は、朝のラッシュ時には2分に1本、発車や停車は5秒単位で刻まれているとても忙しい路線のものですな、これを捌けるようなお嬢さんはそうとうすごい駅なのでしょう」
「わかるのか、爺」
「ええ、わたしのような高架一本路線から見たら夢のような忙しさですわい、さあ王子、探しに出かけましょう!」
リニア王子とジョウホク爺さんは、愛知県内の鉄道会社を巡ります。
名古屋駅にきたときです。
「あら~それでしたら、うちはなんなくさばけますわ~」
近鉄姉さんが業務用時刻表を手に取り列車運用を考えはじめました。が、しかし。
「う!これ…これは…難しい、一方向だけじゃなく岐阜・犬山・豊橋・知多…なんでこんな複数の方向に走る列車が一同に集まってるのよ!こんなのできるだけないじゃない!」
近鉄姉さんには無理なようです。
「だったら私にまかせてちょうだい」
こんどはJR姉さんがはりきります。が、しかし。
「…な…え?…なんで編成が2両とか4両とか6両とか8両とかきざむの?…なにこれ、種別が途中でコロコロ変わるじゃない…一度準急になってそのあと普通になるとか、こんなのお客様にどう案内すればいいのよ!」
近鉄姉さんJR姉さんも時刻表通りに運用できませんでした。
「そうか、ここにもいなかったか、どうする爺」
「王子、他を探しましょうかのう、そうそう、岡崎のほうに味噌の香りのする愛知環じょ」
そのときです、爺の話を遮るように駅の奥からメロデイが流れてきました。
♪どけよ~どけよ~♪●ろすぞ~♪
「あ!あのメロデイは!」
王子は走ってメロデイの鳴る方向へ向かいます。
地下へたどり着くと、赤福や今川焼を売る前にたくさんの改札が並んでいます。
リニア王子は入場券を買って駅に入ってみました。コンコースを抜け階段を下ります。
するとそこには、とんでもない駅があったのです。
「上小田井・西春方面・普通犬山ゆき到着です、尚このさき西可児方面ご利用のかた、28分発の準急新可児行きご利用ください、準急新可児行きは犬山から普通に変わります。全6両であと4両は途中犬山どまりです、乗車位置は緑色1番から22番・・・」
「な、なにを喋っているんだ!?」
編成も固定で行き先も一方向しかないリニア王子には理解できません。
多方向に大量の乗客を捌き続けているのです。
3面2線というターミナル駅としてありえないホームの少なさ。
列車によって停まる位置が違うものを、お客様への丁寧で臨機応変な放送で見事にさばいています。
「まさか…こんな駅が、こんな忙しい駅があるなんて!」
リニア王子は、日本一忙しいといわれているシンナゴヤ駅に着いたのです。
(最終話へ続く)
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