第2話
4年ほど前、『未登録翼保有者対策室』が設立されるより少し前の話。
しばらく前から、絵洲市ではウィンガーが関連していると思われる暴力事件が続いていた。ちょうどその頃、半年の間に2人の子供がウィンガーとして保護されており、以前に翼を発現した子供達と同級生だ、兄弟だ、との情報が出回って拡散していた。
小、中学校、高校などでも、また発現者が出るのではないかと噂が飛び交う中、次のウィンガーが保護、というか取り押さえられたのは夜の歓楽街だった。
店をひとつ、壊滅的なまでに破壊した末にやっと翼が消え(といっても暴れていたのは10分にも満たないのだが)茫然自失状態の男は駆けつけた警察官4人に押さえつけられた。
26歳、東南アジア出身の外国人労働者。
翼の発現を10年近く隠して生活しており、もちろん、ウィンガーとしての許可を得ずに海外渡航していたため、強制送還となった。その後、彼と一緒に来日していた友人や職場の同僚にも未登録のウィンガーがいることが判明する。
イモズル式に次々と彼らが拘束され、翼の発現を隠して入国している人間が予想以上に多いことがわかってきたものの、対応できるアイロウ職員も不足しており、日本支部はアメリカにある本部へ応援を依頼した。
本部からはまず、視察隊が派遣されることになり、この受け入れを前に、事前調査のために日本支部所属のウィンガーが1人、絵洲市入りした。
だが、彼は翌日、変わり果てた姿で見つかる。
犯行にはウィンガーが関わっている可能性が高く、アイロウ日本支部は大騒ぎになった。
この事件が、きっかけとなって、慎重に報道規制していたウィンガーの連続発現がマスコミに取り上げられてしまう。
未登録のまま、翼を隠しているウィンガーを『隠れ天使』と呼び、治安を脅かす存在として非難し、同時に、政府やアイロウが何も対策を取らないとを糾弾した。
アイロウの日本支部は対応を取っていることをアピールするため、ほとんど成り行き任せで、対策室を作ることを発表した。
つまり、当初は世間へのアピール目的で作られた、名ばかりの組織だった。
設置されてから3年間の活動実績に、ウィンガーの発見、保護の数値はない。見つかったウィンガーのトレーニングセンターへの送致手続きや、自国へ強制送還するための引き渡し事務手続きの数字ばかりが記録されている。
一ヶ月間の研修は、そんな『未登録翼保有者対策室』の設立経緯から始まった。当初は名ばかりの組織だったと講義担当者が断言したのには驚いたが、要するに、今は違うということを力説したかったらしい。
「去年の夏から今年にかけて体制が見直され、職員も総入れ替えされた状態です。といっても、もともと室長の下に調査係が1人と事務員2人しかいなかったわけですが。室長も四月に交代します」
つまり、新しい室長と同期入職するというわけか。時期を同じくして職員も増員されるらしい。そのため、今借りているオフィスビルから移転の予定もあることが、余談として教えられた。どうも、新規オープンする店舗に配属されるような感覚がする。
「いずれわかることですし、知っておいた方が仕事をしやすいと思いますから」
と、前置きして講義担当者の初老の男は続けた。
「対策室の最初の室長になったのは、亡くなったウィンガーに現地調査を命じた上司でした。危険のある任務にウィンガーを1人で派遣するなど、考えられないことです。」
その口調には腹ただしさと侮蔑が入り混じっていた。
「貴重な人材を殺人という形で失った責任を取るべく、対策室長に任ぜられたのですが、にもかかわらず、これといった結果は出せませんでした」
要するに、左遷人事だったのだろう。
「それどころか、ろくな対策も打たなかったために、隠れ天使は増加の傾向にあったのです。これを問題視し、対策室に志願したのが現在調査チームのリーダーを務めている須藤氏です」
目の前の男が、対策室の室長を毛嫌いしていることは間違いなかった。たしかに話を聞く限り、有能な人物とも思えない。そんな人間が国家公務員として、名ばかりの組織とはいえトップの地位にいるというのは嘆かわしい話だ。
目の前に若い男性の写真が添付された、タブレットの画面が差し出された。
男性目線から見ても、相当なイケメンだ。
一瞬、モデルか俳優の宣材写真かと思ったが、その脇に添えられた簡単なプロフィールをを見て、これがさっき名前の出た須藤氏だと気付いた。
驚かされたのはその顔立ちばかりではない。
ー18歳、高校3年時に翼を発現。
略歴には確かにそう書かれていた。
「彼があなたの直属の上司になります。彼を中心とする調査チームで隠れ天使の発見、保護を行うのがあなたの仕事です」
「正式採用とは言っても、表向きはセキュリティ会社の営業という身分で、様々な調査や内偵をすることになります。」
研修を終え、四月から『未登録翼保有者対策室』に正式採用が決まった日、最初に面談したあの男が現れた。
研修施設に来てからもちょくちょく様子を伺いに来ていたのは知っている。
笠松と名乗るその男は青いプラスチックケースを差し出した。
「名刺です。今後はその名前で活動してもらうことになります。」
ケースを開けると、
ー有限会社 エル・プロテクト
営業 桜木隼也
とある。
隼也、は本名にまあ近い。桜木は母親の旧姓だ。多少馴染みのある名字を選んでくれたということか。だが、それだけ身辺調査をされているということでもある。
「アパートも用意できています。部屋代は職場持ちですが、光熱費は自己負担になります。手続きに必要な書類はここに。」
この施設に来た時からそうだが、至れり尽くせり過ぎてやや背筋が寒くなる。
「明日か明後日には絵州市に向かって下さい。なるべく早く対策室の方へ顔を出して、あとはあちらの指示に従ってもらうことになります」
流れるような説明に口を挟む隙もない。いつもにこやかで、柔らかい話し方をするのだが、こちらに余計な質問を許さない、氷のような空気をまとっている。
鈍い人間なら外見の穏やかさに任せてあれこれ聞いたりもするのだろうが、こちらはそれを感じ取ってしまうのだからしょうがない。
ただ、黙って頷くしかなかった。
ワンコール目で相手は笠松の電話に出た。
「ああ、例のガンマニアの、もと自衛隊くんね、無事研修終わったよ。明日には絵洲市に向かうそうだ。なかなか使えそうだよ…うん、頭も良さそうだし、余計な詮索もしない方がいいとわかってるみたいだし」
そこで笠松は相手の言葉に口元を歪めて笑った。
「なぁ、須藤、俺は人を脅したりなんかしないよ。相手の弱点を指摘して交渉しただけだ…まぁ、あとはお前がうまく使えれば、それでいい…」
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