第22話「幼馴染が好きなんだ」
「っはぁ、っはぁ、っはぁ……ん、っはぁっはぁ、っはぁっ!」
その時、俺は何も考えずに全力で走っていた。
夏の暑さも込み上げてくる八月中旬の小暮時。中学校のサッカー部で鍛えた脚力を振り絞って走っていた。
思えば、これが初めてではなかった。
告白を振るのは二回目である。
一回目は中学校の頃。
学校祭準備を一人で頑張っていた学級委員長の姿を見て、俺はよく手伝っていた。クラスメイトに助けを求めず、時間外にも作業するその姿を見て、俺はいてもたってもいられなくて——
『手伝うよ、委員長』
——初めて話したけど、案外、緊張はせずに言うことが出来て、すんなり仲良くなった。アニメも好きで、凄く話の合う彼女。
そして、学校祭の後夜祭。
彼女に誘われて、二人で行って、いろんな発表を楽しんで、その日の最後。帰り際に告白されたのだ。
もちろん、嬉しかった。
心の底から込み上げてくるほどに嬉しくて、気持ち良かった。
でも、俺から見た彼女は恋愛対象ではなかった。ただ、仲のいい友達。趣味の合う真面目でまっすぐで可愛い友達。それだけだったのだ。
それに、俺は当時はまだ冷たくはない
ゴクリと生唾を飲んで、辺りが静寂に包まれる。
「……ごめん、なさい」
終わった。そう思った。
いや、思ったのではない……かもしれない。
その瞬間、俺たち二人の友達関係は彼女の恋人関係になりたいという儚い夢とともに消え去ったのだ。
「そ、そっか……あははっ、ごめんね」
私のせいでこんな雰囲気にしてしまった。
そんな申し訳なさそうな顔をしている。
瞬間、思ったのだ。
もう、告白なんてされたくない。ごめんなさい、なんて言いたくはない。
誰かを傷つけることは、もうしたくはない。
——そんな、思い出の一ページでもあることを思い出した。
「——っ何してんだ、俺」
途端に虚しくなった。
俺は足を止めて、家のある方向へゆっくりと歩いて行った。
家に帰ると、四葉が夕飯の準備をしていた。
「ただいま……」
「おかえり……」
ぎこちない返事をして、すれ違うと肩に何かが触れる。
「っ」
恐る恐る振り向くと、顔一個下から俺の方を見上げる四葉が肩に手を掛けていた。
いつもの覇気はなくて、少しだけ寂しそうにこちらに視線を向けている。そんな彼女と目が合って、居てもたってもいられなくなった俺はすぐに目を逸らした。
「——っ」
すると、ぎゅっと両手で頭を抑え出す。
痛い、というか怖い。
どうして、俺は今四葉に顔を掴まれているんだ。
「ちょっと」
「な、にゃに?」
「いいから、こっち来て」
頬を摘ままれ、引っ張られながら猫語を洩らす俺に目を向けず、ひたすら彼女はリビングの方へ引っ張っていく。一体、自分は何をされるのか? もしかして、俺が急に走り出したことに怒ってるのか?
考えれば考えるほどに分からない。急に逃げ出したのは謝るがさすがに蹴られるほど悪いことはしてないぞ!!
四葉への恐怖で俺の心臓はバクバクと鳴っていた。
しかし、そんな心配は杞憂だった。
「——ん」
ソファーに座り、その前に俺を立たせて正座でもさせるのかと思った矢先。
四葉が両手を広げて、上目遣いで「ん」と言ったのだ。
まるで、まるでだ。
抱きしめようと誘っている恋人の様だ。騙されまいと下唇を噛んでいたが、四葉はもう一度首をこくりと一回だけ縦に揺らした。
ゴクリっ。
いいのか、本当にいいのか?
まじなのか?
「早くしてっ……私も、その……恥ずかしいんだから」
いや、だって急じゃないか。
最近優しくなるし、今度は急に抱きしめるとか——いくら下心のある高校生男児でも追いつけないぞ。物事には限度っていうものがあるはずだ。だって、そうだろう。世の中にはしていいことと悪いことがあって……っ⁉
すると、次の瞬間。
遂に痺れを切らしたのか、音速の如き速さで俺を抱きしめる。
「——っあ」
「むぅっ―—‼‼」
ぎゅーー。
ほのかに香る柔軟剤の香りと女の子特有の柔らかさに全身が包まれていく。
とくんとくん、四葉の心音。
すぅ、すぅ、四葉の鼻息。
静かに揺れる眼の光でさえ、俺のすべてを掌握していた。
生唾を飲み、顔を埋めると受け入れてくれる彼女。大きくも小さくもない普通なはずの胸が顔を包む。
疲れ切っていた体には良い薬なのか、どうなのかは分からないが今まで積もり積もっていた疲れが一気に抜けていく気がした。
温かい、艶めかしい柔らかさに身を委ねて俺は強く抱きしめる。
駄目だ。
そう思った。
溶けてしまいそうだった。
自分が自分ではなくなりそうだった。
でも、それでも。ずっと浸っていたいほどに、溺れていたいほどに落ち着いた。気持ちがよかった。苦しいくらいに辛かった気持ちがポツリと零れた。
「……ごめん」
「なんで、和人が謝るのよ」
棘のない、優しい声。
「なんか、分からないんだ。振ったこともそうだし、お前の事も良く分からなくなってきた」
「……そうね」
「……俺、悪いことしちゃったのかな?」
思っていたことが漏れる。
すると、再びぎゅっと抱きしめながら彼女は言った。
「してないと思う。少なくとも……私は悪いことだとは思わない」
「ははっ……いつにもなく優しいんだな」
「いつも優しいけど?」
「んがっ⁉ いたたた‼‼ ごめん、優しいから、ごめんって!」
「ふへへっ、ごめん」
「な、なんだよっ、急によ」
「ねぇ、言いたいことがあるのっ」
その瞬間、俺は察した。
いや、正確には察した時間はなく。
同時だったのだ。
「どうした?」
「私、和人の事が——好きっ」
「……あぁ、そうだなっ——!?」
抱きしめられた腕が強くなった。
「好き、大好き」
「っ」
「ずっと、私の中で泣いてもいいよ?」
「————」
優しく投げかけられた言葉に、俺はひとしきり泣いて、翌朝には目が凄まじく腫れていたことは内緒にしておくとしよう。
<あとがき>
コロナワクチンを受けてきました歩直です。怖かったです。副作用が怖かったか、て言われれば半分嘘で、ただただ注射が怖くてたまりませんでしたが、ベテランな看護師にやってもらったので痛みは少しだったのでよかったです。
まぁ、ちょっと言いたいことあるんですけど。あれなんですよ、僕の後ろの人。注射が気持ちいとか言ってくるんですよ? 頭いかれてますよね? だって痛いのに気持ちいとかドMじゃないですか? ね、そうだよね??
ってことで。
だれか、怖かった僕を励まして!!
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