第21話「幼馴染は最低だ」


 ☆高嶺四葉☆


 そう言えば、昔。

 友達に、こんなことを言われたことがある。


「私の好きな子に告白するなんてひどいっ!」


 いやはや、口調から察するに小学生とかそこらの歳だった気がするけど、そんな言葉を思い出した。


 あの頃の私はそれを聞いて何を思っていただろうか、「そうだよね」と言ったのか、それとも「そんなことはない」と言ったのか。


 まぁ、もう覚えてはいない。そんなこと考えても意味はないのだ。


 だって、普通に考えたら先に告白した方が勝ちじゃない?


 いや、というよりも——先に付き合った方が勝ちじゃない?


 そんな風に今の私は思う。



 助けてもらった日から二週間が過ぎた。


 夏休みは徐々に進んでいき、ついに終盤に差し掛かっている。あのプールの日以外にも、色々なことがあった。映画館に行って、互いに見たい映画を話し合い、激闘の末に結局二つの映画を見た。水族館に行ってデート紛いなことだってした。友達とも夏休みの宿題終わらせるぞ! 合宿もした。


 本当に濃い二週間だった。


 でも、一つ驚いたことがあったのだ。


 和人あいつが合宿終盤に、ある女の子から告白されたのだ。私との幼馴染関係はクラスメイトには知れ渡っていただ、別に付き合っていたわけではない。だからこそ、みんな驚きながらも口を挟むこともなかった。


 そして、私もその瞬間をこの目で見ていた。


 だって、仕方ないじゃん。帰り際に皆の前で急に「言いたい事があるの」って言い出すんだもん。そりゃ、いくら幼馴染だとしても見ちゃうに決まってんじゃん。


「——そ、そのっ。私っ! 前から、き、霧島君の事が好きでした!!」


 前から、というものは少し語弊がある。


 多分、和人が私の事を助けたところを見ていたからこそ、思い立ったのだろう。無論、私も一緒だ。やっぱり、好きだっていうことに気づけたんだ。


 しかし、私は気づいたことをなあなあにして二週間を過ごし、今、告白の現場を眺めていた。


「……」


 沈黙する本人。


 唾を飲んだ音すら聞こえる沈んだ部屋の後ろの方で私も同じようにその瞬間を待っていた。


 その刹那、すんでの一秒で小学生の頃の話を思い出したのだ。


 負け、るかもしれない。

 私が好きになったって気づいたのに。

 十年前から好きだったのに。


 そう思いながらも、先に言ったもん勝ちだ。という正論も思い浮かんだ。


 ぐちゃぐちゃと整理も出来ていない私の頭の中。


 そして、和人あいつが口を開く。


「……あ、ありがとう。う、嬉しい」


 あ、終わったのか。

 負けた。

 グッと手を握り締める。


「——でも、ごめん」


 え?


 お、驚いた。


 和人の返事はノーだった。


「そ、そっかぁ……えへへ、振られちゃった……」


 重くなった雰囲気。

 皆が彼女を見つめる。

 申し訳なさそうに俯く和人。


 しかし、迷惑はかけたくなかったのか、流れで帰ることになった。道中、励ましながら先を行く女子たちのグループ。いつも私の周りにいる子たちも「仕方ないよ」と声を掛けていた。


 そして、隣を歩く和人はどこか申し訳なさそうだった。


「大丈夫?」


 らしくない一言だったかもしれないが、私はそう言った。


「あぁ、まぁな」


「そ。でも、顔色から大丈夫じゃなさそうだよ?」


「そうか? まぁ、でも……そっか……」


 悲しそうに俯く幼馴染の姿に私からかける声はなかった。


 いつもなら、これが二人きりだったなら、顔きもっ、って親から大目玉を食らうような言葉を掛けていたかもしれないけど。


 何も言うことはできなかった。


「……うん、でも不誠実な付き合い方はしたくはないし、しょうがないか……」


 その口調が、表情が物語っている。


 昔から、正義感の強かった和人からしてみれば、こんな、人の気持ちを拒むようなことはしたくなかったはずだ。


 私だから、分かる。


 仮面ライダーに憧れて、俺もああなりたいってよく私に言ってきていたし、夢であったからこそ、頑張って告白した彼女の気持ちを踏みにじりたくはなかったはずだ。


「……そうね」


「あぁ」


 そこで、私は思ってしまった。

 最低なのはわかっている。

 自分勝手であることも分かっている。

 史上最低のクズだということも自覚している。


 でも、思ってしまった。


『よかった』


 そう、心の中で安堵していた。

 安心していた。

 

「……ちょっと俺、先帰るわ」


 すると、途端に和人が走り出した。


 曲がり角を右に曲がって、走っていく。そして、だんだんと見えなくなる背中に私は口を頬けながら立ち尽くすことしかできなかった。


「……ぁ」


 零れた声も虚空の夕立に消えていく。

 虚空? 空虚?

 いや、烏の鳴き声で賑やかだったかも。


 空を仰いで、私は再び思った。

 

「意地を張って、散々いろんなこと言ってきて、助けてもらった癖に——私は何もできないのか……好き、って、そう思えたのに……何もできないのかな、私」


 帰路に立つ一人の女子高生はたった一人で、そう思っていた。

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