後編 真っ赤な花火、前から見るか裏から見るか
俺は幼なじみのコトネのことが嫌いだった。いや、正確には嫌いになっていったというべきだろうか。
あいつは、幼い頃から俺の後をついて回るような奴だった。その頃は一緒に遊んでいて楽しかったし、親どおしも仲が良かったから、妹のような奴だと思っていた。
あいつの存在がうっとうしくなったのは、小学4年生ぐらいからだ。俺とコトネは趣味嗜好がちょっとずつずれてきていた。二人の間でやりたい遊びが変わっていたのだ。
それでも、あいつは俺の後をついて回った。友人とドッジボールをする約束をしたときも、勝手についてきた癖にこう言うんだ。
「ねえ、そんなボール遊びやめて、一緒にゲームしよう。新しいのを買って貰ったんだ」
休み時間に鬼ごっこをしようと、友人とグラウンドに出ようとすると、こう言って止めようとするんだ。
「外で遊ぶより、お絵かきしようよ。楽しいよ」
俺は身体を動かしたいんだ。なのに、周りの皆は俺たちのことを夫婦だなんだって冷やかして、どっかに行ってしまう。残された俺はコトネと遊ぶほかなかった。
そして、極めつけは夏祭りだ。俺はコトネと毎年行くのが恒例となっていた。先に男子と一緒に祭に行く約束を取り付けていても、おかまいなしについてくる。どこに行くにもコトネがついてまわることに辟易していた。
中学に進学する頃には、さすがに男女で一緒にいることに違和感が生じ始めたのか、俺の後ろをついてまわることはなくなった。そして、その頃になると俺が異性にモテるという事実が自覚できるまでになっていた。
バスケの試合で、シュートを決めるたびに湧く黄色い歓声がその証拠だ。コトネはおそらく俺がとられるとでも思い、焦っていたのだろう。スマホで毎日連絡を送りつけるようになった。
「ねえ、上杉くん。今日の数学難しかったね」
「ねえ、上杉くん。宿題終わった?」
「ねえ、上杉くん。今日のシュートかっこよかったよ」
俺はコトネが俺から離れてくれるにはどうすれば良いか、考えた末にある作戦を立てた。
夏祭りにコトネと一緒に行く。俺はともかく、あいつの中でこれは揺るがぬ決定事項なのだろう。だから、これを利用することにした。俺とコトネが夏祭りデートをするという情報を、噂で流したのだ。もちろん多くの皆が信じるかどうかは、運次第であった。しかし、夏祭りに多くの生徒は参加するだろう。意識するだけで、その光景は目にとまりやすくなるはずだ。
作戦は成功だった。俺に惚れている女子を中心に、情報は広く浸透し、コトネは首尾良くいじめのターゲットに選ばれた。いじめの中心にいるのはアカリという子だった。
いじめは放課後に空き教室で行われているらしい。さすがに殴られたり蹴られたりしている光景は、気持ちの良いものではなかった。コトネをひどい目に遭わせたかったわけではなかったからだ。俺から離れさえすればそれでいい。俺と仲良くないことが分かればいじめもおさまるはずだ。
だから俺は、コトネのことなんて一切興味がないと、本人に分かってもらおうと思った。
「コトネさ、最近アカリたちと仲良いよな。放課後も一緒に遊んでいるみたいだし」
その翌日から、コトネは学校に来なくなった。
コトネが学校を休むようになると、俺に平穏が訪れたかに思えた。しかし、現実はそうも行かなかった。
コトネは毎日俺に連絡をよこすようになった。
「ねえ、上杉くん。私のこと心配?」
「ねえ、上杉くん。私明日は学校に行こうかな?」
「ねえ、上杉くん。明日の給食って楽しみ?」
俺はここで、あいつを突き放せばいいのに、優しいふりをしてしまう。結局直接手を下すことができない弱い男なのだ。
そしてまた、学校でも面倒なことになってきた。アカリが俺の彼女面をしてくるようになったのだ。
「ねえ、上杉くん。今日の私いつもと違くない?」
俺は次第にこのアカリのことも鬱陶しくなっていった。正直コトネの方がクラスでの立ち振舞いをわきまえていたぶん、良かったとも感じる。コトネはああいう存在から俺を守ってくれていたのかもしれない。ほんの少しだけ、コトネに対して感謝することにした。
そして、俺は再び夏祭りを利用して、アカリを俺から離すことを計画した。具体的には、俺がまだコトネと接点があると気づかせること。おそらく、これで少なくとも彼女面はしなくなるだろう。
早速、コトネとアカリそれぞれに夏祭りの誘いをかけた。
夏祭り当日、驚きと嫌悪に満ちた表情の二人を見て確信した。計画が上手くいったのだと。この時点で俺は二人の女子に色目をつかっていたと、思われているだろう。
おそらく、もうこれまでのように女子からキャーキャー言われることもなくなる。それで良いのだ。それでようやく、俺は平穏な日々がおくれる。
あとは、今日1日で二人から嫌われれば作戦は成功だ。
「え、待って上杉くん。もう一人待ってる人って、コトネ?」
「うん。そうだよ。よし、全員揃ったところで、祭の会場に行こうか。あ、でもその前にコンビニ寄っていこうか。夏祭りの会場はトイレ激混みだから、今のうちに行っておいた方が良くない?」
「そ、そうだね。何かあったら困るし寄っていこうか」
はからずもお揃いで浴衣姿の二人からしたら、トイレなんて行きたくもないだろう。できるだけ神経を逆撫でするような会話を心がけながら祭に参加した。
空が徐々に暗くなってきた。黒と橙が混じりあい、混沌とした闇が近づいていた。
「よし、そろそろ花火見るために移動しようぜ。俺穴場のスポット知ってるからさ」
「そうね。あっ、あたし先にお花摘みに行ってもいいかしら。コトネも一緒に行きましょう」
「う、うん。分かった」
アカリがコトネを誘って、ぐんぐんと闇に向かって消えていく。俺は妙な胸騒ぎがした。
俺はまた何か間違えたのではないだろうか。
思えば、俺は間違えてばかりだった。ただ、コトネと距離をとりたいと思っただけなのに、彼女は苛められ傷をおうことになった。
では、アカリは?アカリと距離をとりたいだけなのに、どうしてコトネを関わらせてしまったんだ?俺は無意識でコトネを頼りにしていたのか?
もしかしたら、またコトネを傷つけてしまったのでは?
俺はいてもたってもいられなくなり、二人が消えた方へ走り出した。
しかし、トイレに二人の姿はなかった。本当にどこにいった?俺は慌てて二人を探しはじめる。
「おーい、コトネー。どこにいるんだー?アカリー?」
そうこうしているうちに、花火の打ち上げが始まった。この明るさなら、見つけられるか?
人気のないところを中心に探したのは、俺のなかで嫌な予感がしたからだ。
夜空に大きく花が咲く。強烈な炸裂音に続くように、誰かの苦しそうな声ともいえない呻きが聞こえた。
「ああああぁぁぁぁ…………」
コトネとアカリに何かあったのではないか?
「おーい、コトネー、アカリー。二人ともどこに行ったんだー?」
「上杉くん、こっちよ」
俺の声に応えたのはコトネだった。良かった無事だったんだな。
「なんだこんなところにいたのか。探したよ。あれ、アカリは?」
聞くや否や、コトネはこれまでに見たことがない妖艶な笑みを浮かべると、俺の手をとった。
良かった。きっと二人は無事だ。今回は俺は間違えていなかったんだ。
夜空にこれまでで最も大きな花が咲いた。まるで虹色の花だ。そして、視線を下に向けると。そこには闇が広がっていた。闇の中で、赤黒く鮮やかに染まった大きな花が咲いていた。
「ねえ、花火。キレイだね」
俺の口からも声にならない音が出ている。震えが止まらない。彼女が口にする花火が何なのか、俺は理解したくなかった。
脂汗が止まらない俺の手を、コトネはぎゅっと強く繋ぎ直した。
宵闇に赤く花火は咲く 護武 倫太郎 @hirogobrin
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