現況

「そういえば高橋っていつから地下アイドル?的なことやってんの?」

 軟骨の唐揚げを食べ終えて一服している森田が尋ねてきた。

「大学入ってから割とすぐ。最初は同じ専攻の友達と5人でやってたんだけど、就活のときに解散して、私の教育実習が終わってから1人で再開したの」

「教育実習ってことは今教師?」

「ううん、ただのフリーター」

「おいマジかよ、音大って学費クソ高いんだろ?親泣くぞー?」

 言葉とは裏腹に森田の声は弾んでいた。

「あんたにだけは言われたくないわ。留年した挙句に音楽で食っていくから就活しないって宣言しちゃって、そのせいで歩美にフラれたの知ってるんだからね」

「やめろその攻撃は俺に効く」

「自業自得だバーカ」

 歩美が結婚したと聞いたときの落ち込みようが嘘のように、森田はふざけた調子で喋り続けている。

「まああんたの言う通り、高い学費出してもらって音大行ったのに結局フリーターなんて、親不孝もいいとこなんだけどねー」

 音大に行ったところで、プロの演奏家や作曲家になれるのはほんのひと握りだ。しかも、プロになれてもすぐに音楽で食べていけるようになるわけではない。それをわかった上で音大を選んだつもりだったから、一番つぶしが効きそうな音楽教育専攻に進んだ。とにかく音楽に関わる仕事ができればいいと思っていた。

 だけど、自分で作った曲を東條ミヤビとして歌い、目の前のお客さんから熱のこもった反応をもらえる経験は、人前で演奏する機会がピアノの発表会しかなかった私にはあまりにも刺激的で、あまりにも魅力的だった。そして、教師という仕事が想像を遥かに超えて過酷だということを教育実習で思い知らされた。滑り止めで受けていた一般企業に就職することはできた。しかし、当時の私は東條ミヤビとして身を立てようと本気で考えて、退路を自ら閉ざしてしまった。あれから3年ほど経って、ファンは着実に増えてきたけれど、相変わらず生活費は全てバイトで稼いでいる。

「そろそろ今後のことも考えなきゃなーとは思ってるんだけど、他にやりたいこともないし、いよいよダメだってなったら玉の輿狙って婚活でもするかーって感じ?」

 そう言いながらタバコに火をつけた。めちゃくちゃなことを言っているのは自分でもわかっている。正社員として働いたことのないヘビースモーカーのアラサー女を、まともな男が結婚相手として選ぶはずがない。

「そうかー、音大出てても厳しいんだなー……」

 森田はそう言いながら新しいタバコに火をつけた。さっきからテンションの上がり下がりが激しくて、なんだか薄気味悪い。

「ところであんたはどうなのよ。次のライブいつ?」

 森田のバンドの話は歩美からだいたい聞いていたから、新しく引き出せそうな情報はこのぐらいしかなかった。

 森田の答えは意外なものだった。

「実を言うとさ、この前ラストライブの帰りだったんだよ」

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