Rainpop

霧灯ゾク(盗賊)

第1章(1話〜11話)

第1話 水は空から降っていた

『雨は降ってはいけない

 雨はこの世界に災いをもたらす


神はある一族のみに祠の管理を任せた

神は世界を守ることだけを考えた

  世界は祠にその魂を宿した

祠は世界のために雨を封じる機能を持ち...』


 見飽きた歴史の本を閉じる。そろそろ祠の点検に出かけなければならない時間だ。

 ため息をついて家を出ると、まだ少し寝ぼけていた瞳孔が一気に収縮していくのを感じた。悪くない天気だ。この分では昨晩に降り積もった雪も、昼には概ね溶けているだろう。


 歩き慣れた道だが、整備されている訳でもない。山の中ということもあり、油断をすれば躓いてしまいそうだ。


 その時、グラッと体が揺れた。足元を掬われたのかと目線を下すが、何も無い。立ちくらみでも起こしたかなと考えていると、再びグラグラと揺れ始める。

 揺れて居たのは地面だった。祠に異常があるのかも知れない。最悪の事態が頭をよぎり、次の瞬間には走り出していた。


 祠に着き、一通り無事を確かめる。よかった。異常は無いらしい。

 さっさとミアに報告を済ませて、今日は終わりにしてしまおう。


「おつかれさま!」


 祠中央の台座から勢いよく少女が飛び出す。模様のついた赤髪に、赤い襟付きの赤いスモック。上下の赤に差し込まれた鮮やかな肌がアクセントになっている。


「お疲れ様です。祠には異常なしです。」


「よかった。ねぇ、聞いて、ラバーズがね...」


 ミアが話をし始めた時は、話題を変えてはいけない。自分の話をスッキリ済ます前に口を挟まれることを、ミアは激しく嫌うからだ。


「.....それでね、....が、.....でね....」

「...。ところでさ」


 ミアが思い出したように切り出す。


「なんで揺れがあったこと、報告してくれなかったの?」


「それは...」


 あー、それは、なんでだっけ?

 自分の行動の理由なんて一々覚えてなくて言葉に詰まる。そうだ、思い出した。原因のわからない事を中途半端に報告なんてすれば...


「ミアの機嫌悪くなったら面倒だなって思ったの?なんでそうやってミアを面倒な奴だって扱うの?」


 大正解。その通りです。ミアは自分に向いた悪意には誰よりも勘が鋭い。普段平気で他人を攻撃するくせに。


「そんなことないですよ。本当に異常は無かったんです。だから、ミアが心配したら良くないと思って。」


 私はこう言っておけばいい。嘘はついてない。ミアは「そんなことないよ」と言って欲しいだけだから、私もこれで大正解。


「ふうん。いいよ。1ヶ月前みたいなことにならないなら。」


 とだけミアは言い、今日の点検は終わった。この様子じゃ、またラバーズに陰口言われるだろうな。


 祠から出ると、再び日が目に差し込み、室内の薄暗さに慣れていた眼は外の明るさに眩む...と思って身構えていたが、想像以上に外が暗い。そしてぽつり、ぽつりと水滴が落ち始めた。


 不思議なことに、見上げても頭上に木は無かった。水滴は空から降っていた。

 もしかして、雨?嘘だ。祠は無事なはずなのに。

 やまない水滴は地面で弾け、音を鳴らし続ける。大変な事になった。このままでは、いくら台座に眠ったばかりのミアでも気づいてしまう。


 突然ガサッという音がして、振り向くと、私は目を疑った。

 水色で半透明。目を凝らせば向こうが透けて見えるような材質の身体に、饅頭みたいなシルエット。虫とも哺乳類とも到底思えない体長0.5メートルほどの化物が、表面に2つくっついたゴマのような目で私を睨んでいる。


 「災い」だ。原因はわからないが、「雨」が降って、「災い」が起こったんだ。一刻も早くここから逃げなければ、命が無いと悟った。

 逃げたい。逃げなきゃいけないのに、足は震えたまま動かない。そのまま後ろにへたり込み、動けないなりに生き延びようと、惨めに木の棒を手探りした。

 その時だった。

 「パァン」と音が鳴り、化物の身体に鉄の塊のようなものがぶち当たる。化物は数秒ほどもがくと、地面に溶けるように消えていった。少し焦げ臭い匂いがした。


「怪我はない?」


 いつのまにか私の隣に居た女が、笑って手を差し伸べてきた。水色の髪は彼女の動きに合わせて揺れ、身につけている服は、水滴を弾いてキラキラと光って見えた。


「ありがとうございます。あなたは...」


「僕はツユ!君は?」


「私は...」


 グラッと地面が揺れ、再びさっきと同じような化物が飛び出してきた。


「あー、また出てきちゃうかあ」


 ツユはガシガシと頭を掻きながらこっちを見て、何かいいことを思いついたような顔をした。


「君さ、あの化物と戦えるようにしてあげるから、化物退治を手伝ってくれない?」

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