第13話
目の前が真っ赤になって、何も考えられないくらい身体が熱くなっているのがわかった。気が付いたら、お会計を済ませたあいつの肩を掴んで、後ろから思いっきりぶん殴っていた。
あいつはいってえいってえといいながら、顔を抑えてわめいていた。
人を殴ったのは初めてのことで、なんだか、ぜんぶスローモーションみたいに動いて見えた。人を殴ったという実感はなかった。なにも収まらない自分を、止めることなんて考えることができなかった。
あいつの手を引っ張って、窓のないフリースペースまで行くと叫んでいた。
「突き落としてやる、殺してやる。人の痛みを知れこのやろう」
無理やり立たせて、窓のそばで首を絞めた。窓の下には駅のホーム、山手線が今もせわしなく走っていた。
ひゅっひゅっと呼吸が漏れる音。
両手に力を込めた。八ヶ岳店長が、私の名前を叫んでいる。まわりなんてひとつも見えなかった。
「こんなやつ殺したって」
「浜瀬!!」
大きな声でいのるが、私の名前を呼ぶ。
「浜瀬ー!!おーい、落としたよー!!」
職場で初めていのるに出会った日の帰り、大きな声で私を名前を呼んだ。まだ薬もうまく安定しなくて日中緊張して気を張って仕事が終わったら急に力が抜けてぼーっとしていた私は財布を落として歩いていた。
走って追いかけてきたいのるは、笑顔で「はい、落とし物」と私に財布を手渡した。
「しっかり者に見えたけど、あんがいぼーっとしてるんだね、やっぱり年下だなあ。困ったときはいつでもいのるさんを頼ってよろしいよ!」そういったいのるは太陽みたいにキラキラしていて本当に子どもみたいだった。あったかい気持ちになって。「じゃーまた明日ねー」と走っていくいのるを見ていたら。勝手に自分をがんじがらめにしてた何かがほどけて、小さくなっていくいのるの背中を見ていたら自然と涙が溢れてた。
「困ったら、頼ってもいい…」
誰かを頼ることも、信じることも怖かった浜瀬は、まるで恋に落ちたようにいのるをこの世界の暗闇から救い出してくれるたった一つの光のようにみていた。
きらきら光って、眩しい。
こんな世界にも、まだ、こんな光があるなんて思わなかった。良かった。もう一度、はたらこうと思えて。ここにこれて。歩きでせて。
あの光を、私は、自分の汚くて暗い怒りの中に埋もれさせて消してしまうところだった。ふっと肩の力が抜けて、手の中からあいつの首を離していた。ゴホゴホと足元でうずくまる男。
「浜瀬!」
いのるがこっちに走ってくる。
いのる、ごめん。
私、やっぱりだめだった。うまく自分を止められなかった。
頼っていいって言ってくれたのに、できなかった。
いらないやつはいなくなればいいって考えが、どうしても変えられなかった。
いのるみたいに、きらきら光ってみたかったなあ。
ふらっと、穴の開いた窓に浜瀬は手をかけた。そのまま浜瀬は数十メートル下の駅のホームに転落した。
ボクの延ばした手は浜瀬のその手に届くことはなかった。
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