第12話

今日のお弁当は鮭弁だ。朝焼いた焼き鮭と甘い卵焼き、白いごはんは2合分、上にはたっぷりの柴漬け、昨日夜ごはんのコロッケの余り材料で作ったポテトサラダ。胡瓜とハムとグリーンピースが入っている。


しゃけ、だいっすきだぁ。いのるは静かに目の前で手を合わせた。

「いただきまぁす」


ばくっつばくばくばく、もくもくもくもく、ばくばくばく。

卵焼きは甘い派かしょっぱい派か分かれると思う。ボクはどっちもすきだ、だけど自分で作るならぜったいに甘じょっぱく醤油と砂糖を入れて焦げ目がつくくらいに焼いた卵焼きが大好きだ。端っこを切って味見しただけで幸せになってしまう。冷めてもおいしいけれど、焼き立てのホカホカをご飯と一緒に食べるなんて最高なんだ。


んぐんぐんぐんぐ、がつがつがつがつ。

そしてマヨネーズ味のポテトサラダ、胡椒を多めにいれるのとグリーンピースを入れるのがボクの大好きな作り方だ。世の中にはグリーンピース嫌いな人もいるけど、ボクはグリーンピースいらないの?頂戴って言うくらいすき。はじめてサイゼリアというお店でグリーンピースに温玉のってるやつを食べたときは、さすがイタリアのお方はこの味を分かってらっしゃると思ったものだ。日本の子どもたちには絶大に嫌われるなあの青い豆なのだが、あの青い風味が、わざわざ言うけれども、ボクは、心から、だいすきだ。


もくもくもくもく


そしてこの、柴漬けののっていたところの紫に染まった白ご飯。うまくないわけがなかろうがぁ。


ばばばばばばくん。ごくん。くはぁ。


ボクが巨大なタッパーの最後の米粒さえも残さずに口にほうりこんだところでガチャと、休憩室の扉が開いた。

ひょいっと達熊さんの顔が見えた。

「おや、まるさんこんにちは」

「ほんひひははひはん、ひょうはほほはんふぇふは?」

「はい今日は遅番ですよ」

「ほぉふぇふは」

ガチャ、パタン、とロッカーに荷物をしまってエプロンをつけて達熊さんは身なりを整えるでもなく、今入ってきたばかりの扉にもういちど手をかけた。

「まるさん、なにか連絡ノート増えてましたか?」


休憩室の連絡ノートには、アルバイト同士の連絡事項がすきにかかれている。達熊さんは前知識がなくてもその場その場で乗り切ってしまえる能力をお持ちなのでとくに連絡ノートあえて読まない。達熊さんはつまらないことに時間をかけるのが苦手なのですみませんと謝っていたことがある。だけど、お客様やほかの従業員に迷惑をかけているところなんて一度も見たことがない。英語も話せて、時代小説も分かるし、いろんなことが出来る人でも苦手なことがあるんだなぁと。いのるは思っていた。


「ふぉくにふぁいま、ありません、でした。あ、」

「ん?」

「フリースペースが」

そこまで言って達熊さんは了解しましたと言うように目を細めて、二回頷いたかと思うと。「では」と扉をあけて出ていった。

「いらっしゃいませ」

達熊さんの短く品のいい挨拶が扉越しに聞こえた。


いのるは、温かいお茶をコップにそそいで一息つこうとした。

「不思議な人だなぁ」

ピンポーンと、書店員を呼ぶベルが鳴る。

店長席に店長がいない…

「八ヶ岳店長、レジ入ってくれるかな?」

いのるはお茶を机において立ち上がると店長席に設置してある画質の悪い防犯カメラで店内を見た、1レジにはさっき店内に出たばかりの達熊さん、2レジには八ヶ岳店長が入ったところだった。

「あれ?ミミさん達熊さんとレジ変わったのかな?」

2レジにはあのちいさいおっさんのあたまが微かに写っていた。


「あっ」いのるは防犯カメラの画面にしがみついた。

バン!


休憩室の扉が勢いよく開いたかと思うとミミさんが駆け込んできた。必死に扉をしめたミミの目は正気ではなかった。はあ、はあ、と荒く細かい呼吸が聞こえる。


ごくり、と生唾を飲み込んだいのるはミミになんて声をかけて良いのか考えることもできずに真っ白になっていた。いつだって豪快に笑っていて変なことばっかり言って笑いを取っているミミさんがこんなに動揺するなんて。


コンコン、とノックの音がした。

「開けますよ」


浜瀬の声だった。ミミは扉を静かに開けて入ってきた浜瀬の神妙な顔を見て、ふーっと息を吐いて椅子に座った。

「あー、びっくりしたあ。あいつ、いきなり現れるんだもんね。ちっさすぎて視界にはいらなくてさ。気づいたらレジ並んでてびっくりしちゃってピンポン押しちゃったあ」

「そうですか、それは驚きましたね」静かすぎる浜瀬の声がいつもよりずっと落ち着ついているみたいに聞こえた。

「あ、まるちゃんこのおちゃちょーだーい、変な汗かいたらのど湧いちゃった」

いのるはビクッとした。うまく声が出なかった。

「っどっぞ」

「ありがとね。はぁーびっくりした」


ぽたりぼたりと、お茶が机にこぼれた。ミミの手が震えて止まらない。

「ミミさんっ」

いのるはミミに飛びついて首に腕を回して抱き着いていた。

「いてててなんだよまる、茶が飲めんだろう」

「だ、だいじょうぶですよ。ボクがいますから」

瞬間。

浜瀬は何も言わずもっていたコンビニの袋を机に置いて店内に飛び出していた。






「…え?」

パタン、と扉が閉じて数秒したかしないかのうちに、きゃあと言う声と、はませちゃんっと叫ぶ八ヶ岳店長の声が聞こえた。











「浜瀬?」




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