第15話

血だ…血の匂いがする。


「なんで」


なんでこんなことになるんだ、なんて浜瀬はませが窓から落ちなきゃいけない。こんなの嘘…


「こんな」


血の匂いと、たくさんの悲鳴がいのるの思考を止めていく。


たすけて。デビル。そこにいるのなら。浜瀬をたすけてくれ。


お願いだ。


あなたの記憶をすべて無くしてもかまわない。浜瀬をたすけて。




「いのる、お前はひとのことばっかりだな、そうしていつも後悔する癖に」


あなたが、最初に会った時に「ボクの持っている疑問に答えられる」とメールで答えたんだ。他の人はだれもそのことについて答えることはできなかった。だからボクはあなたに会いに行ったんだ。デビル、名前も正体も分からないあなたをボクはすべて信じることにした。


あなたはほんとに死神だったの?

あのときずっと死にたかったボクの迎えに来たんじゃなかったの?


「最初はそのつもりだった、だけどあまりにいのるがふつうの女の子だからさ」


普通の女の子?


「そんなに死にたがるほどに、いのるはだめなんかじゃなかったってこと」


だめだったよ。ボクはずっと。ここで働き始めるまで、なにもかもだめだった。


「いのるはどうしてそんなに死にたかった?どうして、うまく生きられないのかなぁなんて疑問を抱いたんだい?」



ボクははじめてできた恋人をうまく愛せなかった。みんなができるように当たり前の仕事もできなかった。一人で頑張っている母のところにも帰ることもできなかった。ボクは何もかもが人と違っていて、どうしてそれができないのか分からなくて、どうしてできないなら、ここから飛び降りて死んでしまってはいけないのか分からかなった。


山手線のホームで通り過ぎていく電車に今にも引きずり込まれそうな感覚を持ちながら「やっぱりきみはぼくの思ったような子とは違ったみたいだ」って言ったデビルに、死神に、ボクはもう一度メールをして「こんなんじゃ生きることも死ぬこともできない。手を出したなら最後までちゃんと面倒みろ。デビルがボクの人生に付き合ってくれないなら、ボクはここから飛んでいなくなる」そう言った。


「そうだね、まさか死神が手を離したのに、それに縋り付いてくる女の子がいるとは思わなかったよ」


それから、ボクはデビルと共同生活を始めた。そのときの記憶はあいまいで、ふとしたときに思い出してはまたすぐに消えていく。でも確かにデビルはそこにいた。ボクはあなたを「デビル」とそう呼んでいた。


デビルは人の姿をしていて、少し人間よりも背も、手足も指も細くて長かった。人間の恋人同士がするようにボクたちは暮らした。キスやセックスをした。食事は、デビルは辛いものがすきで良く炊飯器で人間の食べる辛ラーメンを作って食べていた。僕には野菜やうどんを煮たものを作ってくれたよね。それは全然辛くもないし、母が風邪の時に作ってくれた食事みたいに優しい味がしたんだ。

ボクが夕方になるたびに暗闇を怖がって泣くものだからデビルはいつだってボクを甘やかした。抱きしめて、手を繋いで、疲れるまでセックスして一緒に眠ってくれた。いつだてボクの不安を消してくれた。どうして?



「ぼくはね、きみが子どものときにきみを殺すのを失敗した死神なんだ」


デビルははじめてする話をした。後ろからボクを抱きしめていた。遠くに浜瀬が血まみれで倒れている。違う世界にいるみたい。もしかしたら、死んだのはボクの方なのかもしれない。ボクは浜瀬で、死んでしまったから上から幽霊になって眺めているのかな。



「ぼくが、はじめて死神の仕事をしたとき、きみのお父さんを殺した。交通事故に見せかけて彼の心臓を止めたんだ。そういうことがずっと前から決まっていた日だった。だけど、まさか車の後部座席に、きみがいるなんて思っていなかった」


ボクは、小さいころ父を交通事故で亡くしていた。子どものころ、なんども同じ夢を見た。不思議な夢だった、古いうちの玄関にお父さんがいていつもみたいに仕事に行ってしまう。ボクはその日、父が交通事故で崖から落ちて死んでしまうのを知っていた。だから「おとうさん、おねがい行かないで。今日行ったらだめなの」だけど、父はなんども行ってしまう。なんども止められないその日が来るのを繰り返すだけだった。だからボクは父の車にこっそり乗りこんで、助けようとおもったんだ。



「きみのお父さんの命を奪った瞬間に、きみをみつけた。そのまま、きみは交通事故でしんでしまうはずの命だった。だけどまっすぐにきみがぼくをみて言ったんだ」


死神さんおとうさんを返して!おとうさんを連れて行かないで!おかあさんを泣かせないで!ボクをかわりに連れて行っていいから!おねがい!


「健気で一生懸命でなんてかわいいんだろうねぇ。ぼくをみて話しかけたのはきみがはじめてだった。」

デビルは笑っているようだった。

「ぼくはきみに恋をした。そしてきみの命を奪わないことを決めた」


なんで、ボクはそのことを覚えていないのかな。


「すべてぼくがきみの記憶を消したからだよ、きみのおとうさんの命をうばって、きみをあの家のきみが眠るはずの布団に眠らせた」


おかあさん、おとうさんが死んでからずっと泣いていた。ボクはなにもできなくて…つらくて…


「ごめんね」


ボクはそのときから生きているはずのない人間だから、こんなに生きていいることがうまくいかなかったのかな


「きみの人生をぼくが狂わせた」


デビル、あなたは、ずっとボクの人生をみていたの?


「もちろん」


ボクが、もう一度会ったあなたのことを、忘れてしまったのはどうして?


「ぼくが記憶を消した」


どうして?


「きみがきみの人生をもう一度生きようと思ったから」


これからあなたはどうなるの?



「選ぶのはきみだ、いのる。きみのお父さんを殺してしまったのは止められないことだったけど、きみをあのときに殺すことを止めてしまったのはぼくの過失だ」



デビル。あなたの力で浜瀬をたすけてられるならおねがい。


代わりに私をあるべき世界に返していいから。




「いいとも。いのる、さみしくはないよ。ぼくの魂はきみとずっといっしょだ」






それから、遠くで、いのる、いいこだねと風のような声が聞こえた。






あいしているよ、と言ったような気がした。








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