第10話
「おはよー」
「おはようございます」
一週間ぶりに出勤してきたミミさんはなにも変わらず。いつも通りそのものだった。いのるはほっとしていた。
「はい、まるこ」
へんなバナナの被り物をした猫だか犬だかのキャラクターのストラップだ。
「これは一体…」
「ゆるキャラー。かわいいっしょ」
かわ…いい…だと、否ぁ。キモイキモイキモイ、そうキモイと言うのがふさわしい。黄色の果物の割れ目から黒い顔のいやらしい眼をしたなにものかがのぞいている。
「ミミさん、キモイですこれ」
「そうっかなー」
いつものように、適当なことばをかえすミミさんにほっとする。
「おはようございます」
「あ、
「はよー。はまちゃん。おー今日は昼からタッチーもくるしフルメンバーだねぇ。余裕余裕、はい、はまちゃんにもあ・げ・る」
ミミさんが差し出したのはドラゴンフルーツの中からぶちぶちのダルメシアンのような顔を出したいやらしい眼をしたなにものかのストラップだ…。
「う、どうも」
「ふああ、みんなーそろそろ朝礼やるよー」
少し眠そうな
「はい、おはようございます。今日は天気も良し、土曜日で人の入りも多いでしょうね。最近は客注のミスもないし、落し物、忘れ物も、万引きも出ていません。いつもどおり、おねがいしますねぇ。なにか、連絡ありますか?」
「はい、あの昨日から甘い食べ物フェア開催しています入り口平台ですが、私の企画で買い切りや返品不可のものはないので夏休みの文庫フェアが始まるまでの短い期間です、おわったら一部を残して出版社に返します。文芸も実用書もビジネスも入り混じってやってます、なにか問い合わせとか反響がもしあったらあったら教えてください。甘味をからめたミステリーや、ケーキの断面図鑑や世界のお菓子レシピなどを15点以上入荷しています。書店はどこにいっても金太郎あめみたいに同じなのが嫌でちょっとやってみました。売れ行きは期待できるものではないけど少しでも実店舗に足を運びたくなるような雰囲気をこれからも作っていきたいです。宜しくお願いします。」
浜瀬が、最近ちょっとずつ本を出版社から取り寄せて一日数枚、空き時間にバックヤードでポップを書いていたのはこれだったんだ。
最近はフェアは何月になにをやるかはっきり決まっている。春は手帳や新入生向けの辞書、夏休み前は文庫本のフェア、秋は自己啓発本のフェア、ポップや販促物も系列全店で決まったものがダウンロードできるようになっている。ランキングの棚にはその週の売れ筋が並べられる。だから、同じ系列店に行けば、同じランキングで、同じ本が並んでいる。売れる本が、売りたい本なのだ。
ミミさんが平台を愉快そうに眺めている。
「浜瀬良いね~私も今度、仏像フェアやろうかな~」
「耳田くん、それはあっちの端っこの棚でお願い出来るかな」
「ええ、なんでですか、じゃあ店長の鉄道フェアと半々でやりましょうよ」
「うう…それは…いいな!」
「はーい、もうお店開けますよ」
浜瀬の一言におっとしまったと八ヶ岳店長は仕切りなおした。
「今日も一日よろしくお願いします」
「おねがいします」気合の入った掛け声で、みんなそれぞれの持ち場についた。いのるは朝からレジだった。
いのるはレジでカバーをの在庫を確認して、文庫サイズを折り始めた。カバーはただの茶色い紙にお店の名前が印刷されている、それを文庫サイズに合うように上下を折る。文庫、コミックス、文芸書は四六版、ビジネスや資格系の本はA5が多い。そういう作業も書店員の仕事の一つだ。
お客様がレジに本を持ってきた。
「お預かりいたします」バーコードを読ませる。704円です。カバーはおかけしますか?ビニールをはいでカバーをかける。図書カードで、はい、お預かりいたします。図書カードの残高が312円ですのですべてご利用でよろしいですか?はい、残りは現金で。かしこまりました。使用済みのカードは処分してよろしいでしょうか?はい。かしこまりました。図書カードから312円、残り392円を現金で、1002円お預かりいたします。1002円お預かりいたしましたので、610円のお返しです。袋はよろしいですか?はい、ありがとうございます。
お客様がお財布に小銭をしまう。にっこりとこちらに手を差し出したタイミングでカバーをかけた本を手渡した。
「ありがとうございました、またお越しくださいませ」
すぐに並ぶお客様の方に声をかける「お待たせいたしました」レジはひたすらこの繰り返しだ。三人以上並べば、ベルで他の書店員を呼ぶ、もしくは自分の品出しをしながら気が付いた書店員が臨機応変にレジに入ったりもする。品出しも大事、待たせすぎないことも大事だ。いのるはレジ作業は意外と早く慣れた。この仕事についてはじめて覚えがいいねと八ヶ岳店長に褒められたのがレジ作業だった。レジは問い合わせ業務と違ってやることがパターン化しているからだ。「オールマイティーザ・不器用」とミミさんが異名つけたいのるにも得手不得手はあるということだった。
お客様がなにがほしいのか突き止めるところから始めなければならない問い合わせ業務はいのるにとってはとてもレベルの高い仕事だった。
お客様の言うことは千差万別であり「あれあるかしら」から始まって、「ほら、テレビでやっていた」や「新聞にのっていた」まで幅広い。「3歳の子の絵本」なんかまだ優しい方で、極めつけは「お見舞いにはどんな本がいいのかしら」といった難題まで持ち上がる。こうなってくると、人生経験がものをいう、入院→暇→時間をつぶすもの→ナンプレや週刊誌などが考えられる。まるで連想ゲームだ。
とはいえ、相手が骨折で動けないのか、それとも頭をうってあまり脳が疲れることは避けた方がいいのか。猫が好きなのかエロがすきなのか、そんなことはもうコミニュケーションを駆使して聞き出すしかない。そして最後は本人の選択にゆだねるしかない。本当に相手が喜ぶものなんて書店員にはお手上げの答えなのだ。
いのるは考えていた。もしボクが入り口の平台でフェアをやるとしたら何がいいだろう…?
例えば、いま人気のおしり探偵シリーズのフェア?それともロングセラーのカラスのパン屋さんシリーズのフェア?ボクなら…
世界中の仕掛け絵本を集めるなんてどうだろう。仕掛け絵本は、高いし、すぐに破れてしまうから贈り物にすることが多いからたくさん在庫を抱えられない小店舗は最初からシュリンクをしてしまう。
あのシュリンクは最初からさせれいると思っているお客様が多いけど、店舗でつけているものだから「中を見たいです」と声をかけてもらえればその場で破ってみてもらうことはできる。だけど、そういってきてくれるお客様は全くいない。だから、出版社に見本品を一緒に送ってもらって、子どもたちにすきに触ってもらうのはどうだろう。
小さな椅子もおいて、子どもが満足するまで本を触ってもらうんだ。きっと、またあの本屋さんに行きたいっていってくれるんじゃないのかな。
そうだ、疲れたら、あのフリースペースで休憩してもらって、この場所がみんなにとっておかえりって言えるような本屋になるといいな。すてきだな。
いのるはまた妄想にふけっていた。あれ、今日はフリースペースに椅子がない?なんでだっけ?
「まるー、休憩交代よ~」
「ミミさん、今日はフリースペースに椅子がないのは何でですか?」
「ああ私も気になって、休憩中に店長に聞いたら、どっかの高校生が夜中にばかやってスケボーで激突したらガラス一枚ぶちまけたらしいよ」
「ええっ」
「いま一枚まるまる抜けてんだって、修理屋さんが来るらしいけど。危ないから今日はあのへん近寄れないようになってて、椅子も撤去。もしお客さんに聞かれたら明日には戻りますからって謝っといてね」
「はーい」
「あ、まるちゃん、いまの浜瀬に会ったら伝えといてお昼休憩かぶってるから」
「はーい。休憩入りまーす」
「いらっしゃいませーどうぞー」
いつもは起きないことが、重なっていくこと。まるで止められない列車が加速していくみたいだった。お昼休み…浜瀬が見当たらない。めずらしく、外にでも食べに行ったのかな。ボクはいつものように、休憩室の机の上に手作りのお弁当を置いた。
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