第6話

「山田氏はこの商業施設の御曹司か何かか?」

「は?いえ、違いますが」

「そうですか、不思議だ」

「べつに、不思議でもなんでもないですけど。普通のバイトですよ」

「そうかなぁ」


いのるは考える、普通のアルバイトが、店舗のシャッターのカギを持っているものなのか?今日、朝番だったいのるは天気がいいからといつもより早い電車に乗った。いつもより早くバイト先の太刀屋たちや書店アトレヴィロ未来店に到着してしまった。店内は暗く、シャッターが下りていた。


「シャッターが下りてるなんて初めてだ…なんで?」


今日、朝番の社員さんは副店長の霜村しもむらゆずるさんだった。噂には聞いていたが、シモムーは朝が弱い、ギリギリにならないと出勤しないのだと。ぉぉぉおお。くそう、せっかくいい気分で来たのに、電気の消えた店内をみるとなんだか悲しい気持ちになってくるではないか。暗い・・・?ん?奥のコミックスコーナーが明るいような。人影が・・・な、まさかあれは、コミックス担当の山田氏?!なぜ彼が店内に??しかもシャッターは確かに降りている、カギだって確かにしまっているじゃないか。な、なぜ・・・


いのるは、施錠されていることを確かめるように両手でシャッターを掴みガンガンと押してみた。


「やはり、しまっている」

「こら、まるごりら、店を壊すな」


背後から聞こえてきたのは、この書店の守護神であり女神である、ミミさんだ。


「ミミさん、山田氏の幽霊が店内で働いているです」

「いやあれ、本体だから」

「でも、カギしまってます」

「山田氏はカギを持っているのだよ」

「なぜ?!」

「えっ・・・」


ミミさんはにやり、と言い、さて、なぜでしょうと意地の悪い顔をした。


ど、どういうことなんだぁ。分からないぞ。まさか、山田氏はここに住んでいるのか?!それかこの商業施設のオーナーのご子息で、あらゆる店舗のカギを自由にあけられるのか??いつもマスクをしていてその奥の表情は読み取れない。そういえば、シモムーとも仲良さげにコミックの話をしている。そこに上下関係の隔たりはないのか!?上司と思っていた霜村副店長よりも、むしろ社会的な権力は御曹司である山田氏の方が上で、社会経験などという名目でお忍びでバイトをしているのか??そうなのかぁ。そういうことなのかぁああ??!


「おーい、山田くーん。カギ開けてくれー」


ミミさんが、シャッター越しに暗闇の奥にいる山田氏に声をかける。ガチャガチャとカギを開けた。やはりカギを持っている!!


「おはようございます」

「おはよー、今日、ワンプースの発売日だっけ?」

「はい」

「忙しいねぇ。しかも今日副店長だから仕方ないか」

「ああ、まあいつものことなんで」

「じゃーまーがんばりましょ」

「はい」


いのるは、じいっと山田氏を見る。御曹司・・・


「? おはようざいます」

「山田さんおはようございます」


人は見た目に寄らないものだな・・・といのるは思った。これからは失礼のないように心がけよう。なにか気に触ってクビにされたら困る。と、店長にさえも口の利き方を気を付けないいのるは仕事を守るためにはこの御曹司と社会的上下関係を大事にしなければと決意したのだった。


今日も一日御曹司とともに頑張って働くぞ、休憩室で気合を入れてぎゅうぅっとエプロンを後ろ手で縦結びにした瞬間、いのるの後ろを小さな人影が通った。


「はわっ」

気配も足音もなく人が通ったのでいのるは驚いて声をあげてしまった。


「ん?」

店内からミミさんが顔を入れた。

「どしたのまる?」

「え、いや、なんかちいさいものがすーっと通ったからっびっくりしました」


ミミさんは休憩室内をみて、ぶっと吹き出す。

「副店長、はよーございます」

「…はよ」

にやーっと笑うミミさんの顔からゆっくり視線を後ろに移す、不機嫌極まりない顔をした霜村副店長が立っていた。背はわたしよりも少しは大きいのだが身体は細く、存在感は薄く、いや、繊細な感じで今日も目つきは悪いですがイケメソです。たぶん。


「…俺、ちいさくないよ」

コートをかけて、ロッカーからエプロンを出した霜村副店長はぼそっとつぶやいた。青ざめたいのるは聞こえなかったことにして、おはようございます、今日も一日よろしくおねがいしますっと頭を下げて休憩室からダッシュで逃げ出した。

店内ではミミさんがこちらをにやっと見ながら、入荷した雑誌の紐を軽快にパチンパチンと切っていた。ナイトの人たちは発売日に合わせて閉店時間頃に、古い雑誌を売り場から抜いてバックヤードの返品台に移すという作業をしてくれる。そうしていてくれることで入荷した新しい雑誌をスムーズに店内に出すことができる。


開店してすぐお客さまは入ってくる。朝の時間になるべく早く雑誌を捌くことは、お客さまにとっても一日の始まりである朝に来店していただいたことに感謝して気持ち良く店内へ向かい入れる体制をとることになる。いつまでも散らかって乱雑に本が並んでいるというのは買いに来たお客さまにとってはいい気持ちではない。

いくら私が雑誌を早く捌こうとも、付録を早くつけようとも、こればっかりは朝番とナイトのコミニュケーションと相互協力があってこその仕事だよ、とミミさんは言う。


雑誌を包んでいたビニールや紐をある程度かたずけて、開店10分前。

「朝礼やるよー」と霜村副店長が声がした。

全員で接客五大用語を復唱。ここで山田氏から連絡事項がと手をあげた。御曹司さま、なんだろう、ボクが朝からシャッターで騒いだから注意するのか?!


「昨日、2回目の放送が終わったアニメなのですが…」

アニメ?

「1回目の放送ではかわいい魔法少女系のアニメだったんですが、昨日の放送では主要キャラの首が飛ぶという魔法少女らしからぬ放送が大炎上、ネット上でものすごく話題になっています。みなさんはご存じないかと思われますが。原作はかなりマイナーな四コマ漫画です。うちは小規模店舗なので3巻は新刊コミックスですが、もともとの配本数もすくなく、現在3巻まで在庫はすべてなしです。発注はかけていますが、重版待ち。これだけ話題になっているとおそらく出版社でも対応に追われていると思います。客注は絶対に受けないでください。重版まち、入荷未定とお伝えいただければいいです。ワンプースはいつも通りカウンターに並べています。なくなる前に都度在庫は補充します。万引きには注意してください。よろしくお願いします」


霜村副店長が他には?と聞く。では、今日も一日よろしくお願いします。



「よろしくお願いします!!」全員の声がそろう。

いのるは教えてもらった通りにシャッターを開けに行く、開店5分前、もう店の前には開店を待つ人が数人。山田氏すごいなぁと感心していた。コミックスは山田氏の担当だから、詳しくて当たり前、と言えばそれまでなんだけど。じゃあボクはそういう情報を担当の絵本で持てるのか?クリスマスには絵本は良く売れる主力商品だ、だけど子どもを産んだこともないボクには、どの本が何歳のこどもにいいかなんて分からなくて、いつだってお客さまと一緒になってたくさんの絵本の中で迷子になってしまう。

ボクもみんなに頼られるような担当者にならなくちゃ。

シャッターが開くと、お客様が入ってくる。


「おはようございます!いらっしゃいませ!!」


店内から活気のある声が聞こえた。ボクはこの店が、ここの従業員がだいすきだ。









いのるの一日が今日もはじまる。

いろんな人たちが交差する、迷っても、ワクワクしても、立ち止まってなんかいられない。いのるはそう、外から吹く春風に背中をおされている気がしていた。










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