第2話

「…もう死んでしまったほうがいいのかな」


「いのるのバーカ」

「…だって」

「こいよ、ほら」

「…私なんか生きててもどうせ」


ボクの身体を引き寄せて抱きしめる腕は強く優しい。

「なんで優しくするの…?」

「うるさい」

「…だって」

頬を鷲掴みにされて噛みつかれるようにキスされる。苦しいくらいに口をふさがれて息ができない。

「っん」

背中に回された腕が服の中に入ってくる、大きな手が細くて長い指を動かして背骨をなぞるだけで身震いしてしまう。この人はボクの身体をいとも簡単に手懐けてしまう。

「やだ」

「いいから」

微かな抵抗もできないくらいに熱いキスを何度も何度も落としてくる。頭の中が沸騰して何も考えられなくなる。背骨に沿って動いていた左手がわき腹を伝っていく。

「んんっ」

Tシャツに短いショートパンツという部屋着のボクを守る布は少ない。わき腹からへそに触れた左手が無防備に伸びた足と太ももをどう触ればどんな反応をするのか全部わかっているかのように動く。触れるか触れないかわからないくらいの指先で僕を追い込むように執拗に体中を這わせてくる。

止まらない熱いキス。ほんとうになにも考えられないくらい身体が過敏になっていく、汗が顎からぽたりと胸元に落ちて谷間のない肌を伝って流れた。じわり、と背中に湿り気を帯びて気持ちとは反対に身体の神経がもっとしてほしいと言うように疼く。

「あっ」

いやらしいことを考える頭の中まで見透かされたように、唇を突然離して頬を掴む片手がボクの顔をむぎゅうっ押しつぶした。

「ふんはのは」

「ぶはっ!!」

潰れたあんパンのようなボクの顔をみて笑っているこの男の性格の悪さが垣間見える。だいきらい。心拍数が高く身体が熱い。

「いのる」

「はふ」

頬を掴んだままじぃっと見つめてくる目は嘘のように冷たい。先ほどの笑顔が一瞬で消えた冷たい表情からはなにも読みとることはできない。

「お前はほんとうに不細工だね」

恥ずかしくなる。こんなやつに振り回される自分が嫌になる。どうせ奇麗な娘とでも不細工な私を比べているんだ。

「うるさいっきらいだっ」

振り払おうとした手を掴まれて簡単に組み敷かれてしまう。何も言わずキスされる。

「っや」

涙が出る。そんなボクの意志を分かったまま無視するかのように長くて大きな体が覆いかぶさり、細くて長い悪魔のような左手が、骨ばった指が、ボクのお尻と太ももの付け根のラインをなぞる。ビクッと身体が跳ねる。長い指をその先に進めてくる。さっき迄の焦らすような触り方と全く違う。獲物の味を確かめるように、抵抗むなしくボクの身体は簡単に奥の方までその指で触られてしまう。かと思うとあっという間に身体の力が抜けてしまう。水の入ったコップに指を入れてゆっくりをかき回すような音が不規則にボクの耳に響いた。逆らえない。していることは乱暴なのに、ボクの気持ちは無視するのに、ボクの身体と会話するみたいに、この身体がどんなふうにしてほしいのかを探して、際限なく容赦なく焦らすことなくただボクのことだけを考えてくれているように触ってくる。何度も何度も追いつめられて、耐えることなんかできなくて、心も身体もうるせえって黙らせられるみたいにボクはその手で果てさせられた。そのまま眠りに落ちていく、身体に力が入らないまま、抱きしめられたまま。





いのる、バカだなー




お前は、生きてていいんだよ





どうして…?


ボク、どうして生きていていいの…?




あれ、ボクなんで死にたいんだっけ?

あの人は誰だっけ?

思い出せ・・ない・・・





ピピピピピピピピピピピピ


「はっ」

しまった休憩中だった、お腹がいっぱいになり寝てしまった。売り場にでなければ!!いのるはスマホのアラームを止めてロッカーに水筒と弁当をしまうとマスクをして休憩室に置かれた姿見で身なりを確かめる。


なんだかとてもエロい夢を見ていた気がする。エロはすきだ。BLも、百合も、少女漫画のアレコレも鼻血が出そうに興奮する、だが自分がこんなことされた経験が過去にあっただろうかと考えるも思い当たる節がない。


そうか、妄想も耽りすぎると自分の身に起こすことが出来るという能力を持てるのか、とうとう新たな能力が覚醒したのかボクはっ。地球を救う日も近い。しかし鏡に映る姿はガリガリで制服のエプロンもなんだがぶかぶかでマスクで顔は半分は隠れていて前髪も八ヶ岳店長が言ったように長く重たく、やぼったい。


「ほんとうに不細工」


口に出して、はっとしてしまう。やばいやばい、なんだこの根暗のネガティブ思考は。気持ち悪いなぁ忘れてしまえ、仕事だ行くぞ。しっかりしろ、とマスクの下で笑顔を作ってみる。

「よし」


休憩室の扉に手をかける。すぅっと息を吸い込み、きゅっと口の中に溜めた。

ガチャっと扉を開けたいのるは、少し高めの「通る声」を意識する。


「いらっしゃいませ!」


一礼してカウンターに向かう、さあ、ミミさんの休憩と交代だ。女神の代わりに売り場を守るぞ。先ほどまでのエロい感覚が少し身体に残っている気がした。











思い出せないことに理由があるのか。記憶には何の意味があるのかボクにはわからない。だけど、思い出すことに理由がもしあるならきっとこの記憶はボクにとって大切なものなのかもしれない。









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