双極性障害Ⅱ型の女の子は、記憶を無くしながら恋をする。
@FunasawaAzusa
第1話
ボクの名前は丸山いのる。周りはボクのことを「まるちゃん」とか、「まるこ」とか呼ぶ。
趣味は、本を読むこととお弁当を作ることだ。本屋でバイトをしている。
「まるちゃん、切りのいいところで休憩行って~」
すっぴんなのに美人で茶髪でポニテのおねえさんが足ばやに射程距離を詰めてきた。その圧に一歩引いて交戦体制をとる。いつも女性誌の発売日には付録付けを鬼のように捌く、サバサバしていて我が書店を守る守護神?女神?の
「この耳は聞こえてるのかな?」
ボクとの顔の距離は50センチ、今すぐ急所を刺されて暗殺されてもおかしくない距離だ。
「おい聞こえてるか、まるこ」
「ハイィ休憩イキマスぅ」
と、そのときボクの手からそっと離れた絵本のシュリンクがあらぬ方向に進んでいった…
説明しようシュリンクとは、お買い上げいただく前に間違ってお客様にネタバレをしてしまわないための防衛策として一冊一冊を懇切丁寧かつ迅速丁寧に担当者が、いかに服従心の強い召喚獣に仕上げるべく根気よく育て上げ、日々コミックから絵本まで幅広いサイズの本を飲み込み続ける愛すべき存在であり、00.3ミリほどのビニールのような素材を熱処理、圧着し、ぼぉえっ吐き出す、この工程を繰り返す、書店にはなくてはならないハイスペックなマシーンである。が、たまにその服従心からか、主人の心を正確に読み取り過ぎたが故に、あられもない姿にシュリンクをかけてしまうのだ。
そう、その手が精神状態を表すかのように角度が若干曲がったせいで、しわしわあの「かいじゅうたちのいるとろ」が、やあ、やってくれたね、ぼぉえ、と愛しきハイスペックマシーンから排出された。
「・・・・」
「・・・・」
言いたいことはよくわかります。そんなに緊張しなくてもとか、そんなにビビらなくてもとか、とって食いはしないからとかですよね。目と目を見合わせてもボクらに恋ははじまりませんよ。
「あの〜この本ありますか?」
振り返るとよく見かけるおばあちゃんが新聞の切り抜きを持ってこちらに声をかけてきた。ちらりとミミさんは私を見てから、おばあちゃんの方を向きにこりとしてはい、お調べしますねと答えた。
「いっぱい食べて、大きくおなり」
ポン、とその高身長からボクのあたまに手を振り下ろし、おばあちゃんの本を探しに検索パソコンのあるカウンターに向かった。さきほどこちらに向かってきたときと違って、おばあちゃんの歩調に合わせてあるいている。プロだ。同じ人間として、空気が読めないといわれつづけるボクは同じ女子としても尊敬するしかない。
「休憩入ります」
この店は小規模店舗なのでバックヤードはとても狭い。店内とは簡易的なドアと壁をへだてただけで店内の声は休憩中も聞こえてくる。右奥には店長の席とパソコン、不鮮明すぎる監視カメラのモニター、左側には業務用連絡ノートのおかれた共用の机といすが二つ置いてある。その奥には小さなロッカーがいくつか並んでいる。
「まるちゃん来月の7日の土曜日朝と夜番かわってもらうのってできるかな?」
店長の
ロッカーから、お弁当をだして手をアルコール消毒してからマスクを外す。
「いいですよ」
「ほんとぉたすかる~。ありがとねぇ。学生さんテスト休み入っちゃってさぁ」
そう言った八ヶ岳店長がジィっとこっちを見た。その顔の言いたいことはわかっているぞ。
「まるちゃん相変わらず、ちっちゃいのによく食べるねぇ」
「燃費わるいので」
「育つとこ、育つといいよねぇガリガリだしねぇ。僕んとこの中学生の娘と身長も変わんないよ~」
貧乳、と言いたいのかこの平和ボケの黒縁眼鏡店長め。貧乳のボクっ娘の経済効果をなめるなよ。熟女巨乳キャラよりも、貧乳女子中学生が人類の危機を幾度となく救っていることを知らないのか。生産性に逆行し、永遠の中学生が地球のために戦うのだぞ。とはいえ、身長は小学6年の時から変わっていない152センチ。だがお弁当はデカいタッパーに2合の白米と、またデカいタッパーに肉、野菜、炒め、目玉焼き3つのせだ。毎年最低賃金をキープし続ける儚き書店員には安定の格安自炊弁当なり。
「いただきます」
「召し上がれ~めしだけに~くふふ」
八ヶ岳店長のおやじなセリフは空気のように溶けて消えた。うまい。ごはん。うまい。豚肉。うまい、キャベツに人参たまねぎ、目玉焼きはやや半熟の黄身に箸を入れて半分にして少し野菜の上に垂れるかというところで手早く真っ白なご飯の上にお運びいたします。みて。うまそぉぉっ。幸福な瞬間。大好きな作家さんの調べ落としていた新作を発見してしまった時のような多幸感。もうなにも私を止めるものはない。
ばくばくばくばくばくばくばくばくばく。んまい。ばくばく。とまらない。だばぼばばぼばぼば。んばぼぼ。くはっ。かはっ。
ほあ~。
女子という事を忘れさせるようなものすごい勢いで食べ続けたいのるは、捕食の終えたハムスターのように頬を丸くしやや染めて汗をぬぐいながら、満足顔で完食した弁当タッパーのふたを閉め、両の手をきれいに合わせた。手の皺と皺をあわせて、しあわせ・・・その言葉を思い出す。
「ごちそうさまでしたぁ」
ぴんぽーん。
ちょうど、そう言い終わるタイミングでレジが混むことを知らせるチャイムが店内に響いた。
「あら、僕でるからまるちゃん時間までゆっくりしておいで。店長の僕がいるときくらいしか代われないしね」
コクコクと頷く。
「あ、まあるちゃん。ちょっと前髪ながいぞっ」と八ヶ岳店長はウインクして見せた。
コクコクと頷きながら。にっこりと手を振る八ヶ岳店長に頭を下げる。八ヶ岳店長の犠牲は無駄にはいたしません、そう心の中で感謝しつついのるは自分の水筒のコップ型のフタをはずしてお茶を入れる。
ほわっと白い湯気が立つ。
ルイボスティーのような甘い香りがする。これは、ミミさんと双璧をなす客注…説明しようキャクチュウとは、店舗在庫のない書籍を出版社からお客様のために数日かけて取り寄せる難易度の高めのだが高確率でレアアイテムをゲットできる作業だ。その客注スペシャリスト
「いい香りがする」
「香り」「匂い」それは、いのるの苦手なものであり安心するものでもある。そして、彼女の、いのるの、記憶のトリガーだ。
さきほどまで聞こえていた店内の雑音が聞こえない。ここは、どこだったっけ。私はだれだったっけ。
いのる
だれ、あなたはだれ
思い出せない。どこかであいましたか、ボクたち。
・・・これはボクの大切な記憶。
いつも消えていく
いのる
どうして呼ぶの だれなの
ボクたちはいつでも恋をする。だけど
恋はいつだってボクの記憶とともに消えたんだ。
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