第5話 打ち上げ(終)

 ビーストの悲鳴が店内にこだまする。


 その様子を目撃していた、すたみな太郎アバドン支店の店員、小淵久子(元入間店パート)はこう述べる。


 突然、お客様が悲鳴を上げました。はじめは喧嘩だと思ってギョッとしたのですが、地味で人当たりの良さそうな……うまく説明できないのですが、【すたみな太郎】のオーラのようなものをまとったお客様が「大丈夫だ」と伝えてくれたので様子を見ることにしました。


 泥と蔦に汚れた老人のお客様が、人差し指から桃色の爪を伸ばし、狼人のお客様の太ももに刺したのです。それは見てわかるレベルの劇毒でした。なにせ狼人のお客様の頭上から紫色のもやのようなものが浮いていたのですから。


「ここからは私がお話ししましょう」


 どうも、すたみな太郎アバドン支店の支配人、所沢(元町田木曽店フロアマネージャー)です。


 私も、この業界が長いですからね。人のの区別くらいはつきます。そういった意味では、あの狼人は死亡していました。


 だけどね、隣に座っていた青髪の少年が拳を振るうと、即死寸前の状態で狼人が静止したんです。静止したその口へ、綿あめコーナーから虹がかかりました。綿あめコーナーにカラーざらめを全投入したエルフの女性の虹魔法によるものです。


 虹色が狼人に注ぎ込まれ、続けて大量のドクターペッパーがドリンクバーから直接注ぎ込まれました。中国では、毒の治療に大量の砂糖水を飲ませるのだとか……にわかに信じられない話ですが、目の前で見てしまえばそりゃあねえ。


 驚いたことに毒が消えて狼人は一命を取り止めました。それどころか、赤い目を光らせて凶暴化(最大HP・攻撃力・被ダメージが2倍)して、テーブルに残されていたライスカレーに手を付け始めたのです。スープのように一気飲みで……ハハ、飲み物じゃあるまいし……。


 彼らの周囲を数々の冒険者おきゃくさまが取り囲んでいました。ヒューマンもゴブリンもマーメイドも関係なく「がんばれ」「がんばれ」って。


 こんなに食事を楽しんでいただけたのは、いつ以来でしょう。


 そう、それは町田木曽店や入間店が、閉店と同時に突っ込んできたトラックの激突によって転移し、何年も時空のはざまを彷徨って以来のことです。


私たちは改めて、町田木曽・入間合同店が「アバドン支店」に転生できた、ということを実感しました。


 「出禁」ですか?

 はは、彼らはテーブル上の料理を全て完食しました。そして既定の料金を払い、ドリンクバー無料券を受け取って、すたみな太郎を出ていったのです。それになにより……彼らを出禁にする必要なんて、もうないでしょう?


 さて、お客様のご注文は?

 120分のプレミアムランチ、お飲み物は……おっと「ドリパス」ですね。

 お連れの方も……おやおや、おそろいで。


 ちょうど皆様の噂話をしていたところだったんですよ。

 ようこそいらっしゃいました。

 ごゆっくりお楽しみください。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 夜の海風が心地よかった。

 コラーボ神殿を見下ろすアバドンの丘で、俺たちは何をすることもなく、というよりかは、もう身動きができず、ただ風に吹かれている。


「もうおなかいっぱい!」

「ボス戦より疲れたな」


 レインが笑い、ケルビンが応える。


「いいのお、若いもんは」

「グルルル、なんかおれ、おなか減ってきた、また行きたい」

「ええええ!?」


 一同がビーストの言葉に眼を見合わせ、笑った。


 俺は、覚醒スキル【すたみな太郎】のおかげで、比較的適量かつ満足度の高い食事を摂ることができていた。去り際は今だろう。全員が満腹ならば誰も追いかけることはできない。


「みんな、これまでありがとう」


 彼らから距離を取り、俺は声をかける。


「こんな役立たずで、スキルも役に立たない俺だけど、ずっと楽しかった」


「俺もだ」「ワォン」「わしもじゃ」「私もよ、タミーナ」


「それじゃあ、俺はこの辺で。またどこかの旅の空で」


 俺は振り向き、彼らに背を向ける。


「おい、待てよ」


「水くさいわね」


「魂は受け継ぐと言ったじゃろう?」


「いや、でもこんな【すたみな太郎】に使い道なんて」


 動揺する。


「で、誰が継承するの?」


 レインが周囲を見回す。

 いざ継承となると、さすがに問題があった。


 ケルビンの覚醒スキルはすでに三枠が【蝶舞踊バタフライ】【多段跳躍ステアウェイ】【不壊レックメーカー】と拳闘ビルドで埋まっている。魔法系でスキル構成の縛りの強いレインとウーズも同様だ。


 全員が(例によって)事情を把握していない、獣剣士を見た。だが、ビーストは、胸を張って威張る。


「おれ、すたみな太郎、毎日でも行きたい」

「それはない」

「しばらくはもういい」

「わしも」

「クゥン……」


「じゃあさ」


 俺は石板(タブレット)を操作して、スキルをタップ。弾くようにビーストの石板へ飛ばす。


「魔王を倒したら、またあそこで打ち上げしようぜ」


[獣剣士ビースト]

 レベル 50/50

 HP 900/450

 MP 0/0


 E:カタナブレード

 E:カタナブレード

 E:アイアンプレート


 ユニークスキル

狂獣化バーサーク


 覚醒スキル

【二刀流】

【すたみな太郎】New

【ーーーー】


 彼らを丘の上に置き去りにして、俺は町へ降りた。


 天の柱が堕ち、彼らから、すたみな太郎アバドン支店での「打ち上げ開催」の手紙が届くのは、もう少し先のことである。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


『S級パーティから追放された俺は覚醒スキル【すたみな太郎】で送別会を無双する。飽きたからって帰ろうとしてももう遅い。まだ110分残ってる。』


 (おわり)


『(番外編)俺達はホテルブッフェでも継承スキル【すたみな太郎】で無双する。』へ続く。

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