10年前に戻ってからのテスト ⑤
シンとした夜更けにカチカチカチカチと時を刻む音が響いている。
ふと、集中力が解けてしまい、時計に目をやるとすでに四時を回っていた。
エナジードリンクのつんとした香りが鼻につき、それと同時にどっと疲れを感じて小さく息を吐いて、肩を回した。
試験範囲が配られて本格的に勉強を始めてから一週間後。俺はもちろんバイトを休み、勉強に集中する毎日を送っている。
試験前の土日が終わり、明日から月曜日ということでテストまであと二日を切り、ラストスパートの最中である。
勉強の進捗はというとそこまで悪くはない。
苦手だった現代文は楠陰に教えてもらいそれなりにはわかるようになってきた。
それに睡眠時間も削って勉強に打ち込んできたおかげで、テストの範囲すでに三回は確認しており、暗記物は夢にでてくるくらいには頭に叩き込んでいる。
だからと言って完ぺきではない。どの科目のテストにも百点を阻止したり、生徒たちの差をつけるための応用問題が出題される。
俺の高校はそれなりの進学校なので応用問題はかなり多い方だろう。
ただ暗記するだけではたりないので参考書を読みながら理解しようと頑張っているのだが、なかなか理解するのに時間がかかってしまっている。
応用のパターンはいくつもあるのでその一つ一つを理解するのは圧倒的に時間が足りない。
そのせいでこの一週間まともに寝ていない。
できる限り勉強して気づけば寝落ちする。そんな生活を送っていた。
それに、終わりの見えない仕事に追われていた社畜時代とは違い、高校生のテスト期間にはきちんと終わりが見えている。
とりあえずあと2日後にはテストだ。
残り数日頑張ればいいだけの話でこの徹夜する日々もいったん終わる。
そう考えれば大したことはない。
今日やると決めていた分まであと少しだ。
そう思ってしばらく勉強を進めていたのだが、朝日がカーテンの隙間からはみ出しているのをみて、朝になっていることに気づいた。
あれから一時間ほど経過し、もうすでに五時を回っている。
この一時間は必死に今日やると決めていた分を進めていたのだが、眠気のせいかなかなか集中できずになかなか進まない。
おかしい。
社畜時代は徹夜するなんて当たり前だったのに。
健康な体を手に入れた今の方が体力が有り余っているはずだからこれくらい大丈夫だと思ったのだが、あまりにも眠い。
ただ今日も学校がある。学校が遠い俺はあと一時間今眠ってしまえば遅刻しかねない。
多分徹夜してそのまま授業を受けるのが一番正しい。
そうわかっているのに眠気が容赦なく襲ってくる。
エナジードリンクを飲んで眠気をごまかそうとするが無駄らしく、眠気が消えてくれない。
必死に抗ったのだが、ついに眠気に打ち勝てず、気が付けば眠ってしまっていた。
* * *
ジリジリジリジリジリジリと唸るような豪音に叩き起こされた。
頭を少し上げると、頭の重みで枕代わりにしていた自分の腕を随分と長い時間押さえつけていたせいで腕にピリピリとした痛みが走り、自分が机の上で突っ伏して寝ていたことに気づいた。
学校、行かねえとな。
立ち上がろうとするのだが、やはり体が重い。
それでも立ち上がろうとすると、寝不足からくる吐き気でうえっと嗚咽した勢いでそのまま倒れそうになったので慌てて机に手をやり何とか体を支えた。
体全体が不調を訴えかけてくる。
懐かしい感覚だ。
10年後の社畜時代の俺も毎朝こんな風に起きていた気がする。
それでも、体が重いことには変わりはなく、なかなか動き出せない。
これぐらい前はよくやっていたじゃないかと自分に言い聞かせて何とか動き出し、洗面所に向かった。
いつものように顔を洗い、鏡で自分の顔を覗くと、随分と老けており10年後の俺と似たような顔をしている。
朝食をとってからいつものようにゆいが迎えに来て家から出ると、俺と顔を合わせた瞬間、心配そうに覗き込んできた。
「直人くん、ひどい顔してませんか?」
「そんなことねえけどな、気のせいじゃねえか」
と俺は顔をそらして誤魔化そうと自転車にのって学校に向かった。
だが、やはりほぼ徹夜明けの体に自転車を三十分こぐだけでも相当にしんどく、何とか最寄り駅までたどり着いたときには限界を感じていた。
めまいを感じながら電車にのり、運よく席が空いてるのを見つけたので、ふらふらと腰を下ろした。
「やっぱり、直人くんおかしいですよね」
隣に座っているゆいが怒っている声音で真剣に見つめてくる。
「そうか?」
「そうですよ。顔なんて真っ青です」
確かに体調はよくないし、今すぐでも吐きそうだが、そんなにひどい顔をしているのだろうか。
寝ぼけた頭で考えてもいまいちまとまらない。
「また、風邪でも引いたんですか? だったら今からでも帰った方が……」
「大丈夫だって。風邪なんかじゃない。少し、寝不足なだけだ」
「ほんとですか?」
ゆいは大きな目を見開き、真剣な目で見つめてくる。
「ああ」
ゆいの追及を何とかかわしつつ、またしても眠気が襲ってくる。
やはり一度寝てしまうと、眠気が抑えられない。
徹夜をするくらいなんでもないとそう思っていた。
ブラック社畜時代の俺はこんな生活が当たり前だったはずなのだが、ここ数か月のホワイト学生生活にすっかりなじんでしまっているせいだろうか、眠気が収まらない。
これくらい10年後の世界の俺だったらいつものことだったのに随分と鈍(にぶ)ってしまっていたらしい。
「絶対、嘘ですよね! 少し前に風邪ひいていたのと同じくらい顔色悪いんですよ。騙されませんから! 無理しないで帰って寝てください」
ゆいは怒っているみたいだが、正直眠気がすごくてそれどころではない。
「悪い、寝不足だから寝る。着いたら起こしてくれ」
「え? ほんとに寝ちゃうんですか?」
ぽかんとしているゆいを傍目に、俺は襲い来る眠気に耐えられずあっさりと意識を手放し、少しでも眠ることにした。
* * *
その後、電車の中でぎりぎりまで眠り、ゆいに起こしてもらうと学校へと向かった。
少しでも寝たおかげか眠気については多少マシになり、いつも通り学校に到着し授業を受けていたのだが、どこか気だるさを感じる。
頭がぼーっとして、額に手をやると、いつもより体温が高い気がする。
だが、一週間前に引いた風邪とは違い、まだ体が動く。風邪で寝込んだときは、もっとひどかった気がするので微熱程度だろうか。
39度の熱の中、出勤していたブラック企業時代と比べれば、これぐらい耐えられるはずだ。
そう思って、昼休みをチャイムの音が鳴り響き、起立の号令が下ったのでふらふらと立ち上がって礼をすると、そのまま力なく席に着地した。
(…………やっと、終わったな…………)
眠気とだるさを必死に抑え続け、何とか四限の授業まで終了した。一度昼休みで休むことができるのだ。
授業が終わってもやはりその気だるさは収まることはなく安堵して頬けたように席でぼーっと呆(ほう)けていると、ゆいが心配そうな目つきでこちらを見ているのに気づいた。
ゆいは相変わらず心配性だ。あらゆることで心配されているような気がする。
大丈夫だとアピールするように笑って見せておくことにした。
すると、別の方向から、恐る恐る近づいてくる気配がしたので、そちらに目を向けると。
「や、山岸くん。今日はここで食べるの?」
そうやって楠陰が話しかけてきた。
そういえば、今終わったのは四限の授業ですでに昼休みに入っていたのだった。昼飯を食べなければならない。
「いや、いつもの場所に行くか」
俺は重い体を何とか体を動かしてふらつきながら校舎裏へと向かった。
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