10年前に戻ってからのテスト ④

 試験範囲が配られてからの授業はテスト範囲を消化しようとかなりのペースで進んでいく。

 元から試験範囲終わらせている分だけにしろよとは思うが、教師たちに容赦はない。

 それでもせめて少しでも授業中だけで理解しておこうと、集中して受けて放課後になると、俺はさっそく家に帰ろうと思い、帰る準備を進めていた。

 すると、いつの間にか天塚が俺の席の前で仁王立ちしており、無理やり連れ出された。


「あんたねえ、なんでゆいと付き合ってないのよ! ほんと、意味わかんない!」


 天塚に体育館裏に連れてこられると、またしても説教されていた。


「いや、別に付き合うとは言ってないだろ。もう一度話してくると言っただけで」


 一応、ゆいともう一度話してくるとは言ったが、それ以上は何も言った覚えはない。ないのだが……。


「そんなどうでもいい詭弁(きべん)聞いてないんですけど! ていうかあんた、好きだって伝えておいて付き合ってないってどうしてそうなるのよ! ほんとあんためんどくさいわねえ」


 天塚は俺が何を言ったのかわかっているような口ぶりである。


「う、うるせえよ! そもそもどうしてお前が俺が告白してまだ付き合ってないことまで知ってるんだよ!」


「神様から聞いたのよ……。あんたがまだ自分は佐伯ゆいに相応しい人間ではないから、愛想をつかすまで一緒に居てくれないかと宣言していたって」


 そんなことまで……知られていたらしい……。


「神様には……見られていたのか……」


 俺の人生における一番恥ずかしいところをしっかりと見られていたらしい。

 いくら神様とはいえ普通に恥ずかしいんだが……。

 神様だからって勝手に人の会話を覗き込むのはどうかと思いますよ。いやマジで。

 絶対許さない。神様とやらをプライバシーの侵害で訴えてやる。

 俺がめちゃくちゃ恥ずかしくなり手で顔を覆ってしまっていると、天塚は「はあああ………」と大きくため息をついた。


「あんたのせいで散々な目にあったんだからね。もう……全部あんたのせいよ! ほんとにどうしてくれるの?」


 何があったかは知らないが、天塚は俺のせいで散々な目にあったらしい。

 別に散々な目に合わせるようなことをした覚えはないが……。


「なんか俺のせいじゃないことも俺のせいにされてる気がするぞ……」


 天塚のいつもの理不尽で俺のせいにされている気がしてジトっとした目で見ていると、


「うるさいわね。あんた、ほんといい加減にしなさいよ」


 天塚はがなりたててキッとした表情で天塚が俺を睨めつけてくる。

 いつものように反論しようと思ったのだが、


「いい加減にしろか……」


 ふむとその言葉を受け止めて少し考える。

 天塚の説教は相も変わらず理不尽極まりないものだが、俺は素直に頷くことにした。


「まあ、たしかにそうだな」


 俺はゆいと一緒に居るために人生を変えると誓ったのだ。

 むしろ俺自身だって少し前の自分にいい加減にしろと言いたいぐらいである。

 少し前の俺の赤点さえとらなければいいかと思っていた時の俺と違い、目標を大幅に上げなければならなくなったせいで、テスト勉強もかなり苦戦を強いられているのは少し前の俺のせいである。


「自分の人生を変えられるように、とりあえずこれから始まる中間試験から精一杯頑張ってみるさ」


 天塚のおかげで誓えたところもあるので、こんな天使だが俺はそれなりに感謝しているのだ。

 それを伝えておこうと思って告げたのだが、俺が告げた瞬間、天塚はぽかんと口を開いて、


「なによあんたどうしたの? 変なものでも食べた?」


 本当に意外だとでも言いたげな表情をして妙なものでも見るように見てくる。


「いや、どうしてそうなるんだよ!」


「いつものあんただったらどうせ変わんねえんだよって言ってたでしょ? さすがにいきなり変わりすぎでちょっと引くわ……」


 天塚は変なものを見るような目でこちらを見てくる。

 たしかに過去に戻らされる直前は、10年後に戻っても何も変わらないと思っていたが、俺だって変わるのだ。


「そもそもお前が人生を諦めるなって言ったんだろ……」


 天塚自身に説得されてゆいがいないとだめだと気づかされたのに、こいつ俺のこと信用してなさすぎだろ……。


「ゆいと付き合ってないって聞いたからどうせめんどくさいままだと思ってたんですけど……。ていうか思われても仕方ないでしょ」


「俺だって未来を変えてみせると決めたんだ。そりゃあ少しでもいい未来にするように努力するに決まってるだろ」


 俺は真面目な誓いを立てていったのだが、天塚が『え、なにこいつ……』と言いたげな目でこちらを見ている。


「そ、そうなの……なんかあんたが前向きだと変な感じするわね……」


 天塚は普通にドン引きしていた。

 なんだこの天使。

 こいつが未来を諦めるなと諭してきたくせに今度は前向きになろうとしたらドン引きするのかよ……。


「そんなに俺が前向きだとそんなに変なのかよ」


「変というか……キャラ変わりすぎてウケるんですけど」


「ウケねえよ。馬鹿天使」


 俺はさすがにイライラしてきて普通に悪口を言っていた。


「誰が馬鹿よ! ぶっ飛ばすわよ!」


 もしもここが死後の世界だったら、本当にぶっ飛ばされていただろう。ただここは人間の世界であり今の俺には肉体がある。

 人間界ではさすがに力は制限されているのか、ぶっ飛ばされることはなく、天塚は頭痛を抑えるように片手で頭を抑えた。


「はあ………まあいいわ、ていうか、ほんとのところなんでゆいと付き合ってないのよ。ゆいを幸せにしたいんでしょ? なら付き合わない理由なんてないじゃない」


 そういえば、一昨日。

『俺がゆいを幸せにしたいんだ』

 とか恐ろしく恥ずかしいことを言っていた。天塚はそのことを言っているのだろう。

 一昨日の俺、テンション高すぎだろ。死にてえ……。

 からかわれていたらうっかり死ぬレベルで恥ずかしい。だが、天塚は別にからかっているわけではないらしく、ただ俺の答えを待っている。


「……ゆいに相応しい男になるって言っただろ。今ゆいと付き合ったりしたらゆいの優しさに甘えてしまうかもしれない。そうなるのが嫌なんだよ」


 俺がそう言った瞬間、天塚は物凄い恐ろしい形相に変わり俺を睨みつけた。


「はあ? 何よその理由? あんた、やっぱり相変わらずめんどくさいわね!! 少しだけ感心したあたしがバカみたいじゃない!」


 天塚はこいつに怒鳴られ慣れている俺でも少しびっくりするくらい怒鳴り散らした。


「な、なんでそんなに怒っているんだよ」


「そりゃあ怒るわよ! ゆいの優しさに甘えてしまうからとか理由になってないじゃない」


「理由になってないか?」


「ええ、ゆいと付き合おうとなんだろうとあんたが頑張ればいいだけの話でしょ」


「それはそうなんだけどよ……、少しでも甘えを残したくなかったんだよ」


「そんなのただのいいわけでしょ! それになにより……」


 天塚は再びキッと俺をにらめつけた。



「ゆいが可哀想じゃない」



 俺はその言葉をかみしめて、


「ぐっ……」


 痛いところを突かれてそんな声を出した。

 ゆいが可哀想と言われれば確かにその通りだ。俺の自分勝手な自己満足にゆいをつき合わせてるだけなのかもしれない。

 いや、きっとそうだ。

 ゆいは俺が付き合えないといったとき辛そうな顔を浮かべたし、俺がまだ付き合えないと言ったせいでもっと好きにさせるとさらにぐいぐい来るようにさせてしまっている。

 俺はきっとまた間違ってしまったのだろう。


「結局あんたは覚悟が足りないだけなのよ。絶対にゆいを幸せにして見せるっていう覚悟が」


 俺は天塚の言う通りゆいを幸せにして見せる覚悟が足りていないのだろうか。


「覚悟……か……」


 たしかにゆいの人生の責任をしょって立つ覚悟が足りないから、付き合えないのだと思われても仕方ないのかもしれない。

 だが、それだけは否である。



「覚悟はあるさ。絶対に未来を変えてみせるんだと、誓ったんだ! これだけは絶対だ」



 ゆいを幸せにするために俺にできることだったら何でもする。

 何でもしてみせる。そう誓った。


「ただ、俺にはまだ絶対にゆいを幸せにできるという自信がないんだ……」


 人生を一度失敗してしまった俺はまた同じような失敗をしてしまうんじゃないかと思ってしまう。

 あまりにもうまくいかない人生だったから、どうしてもやり直せば成功できるという自信がもてないのだ。

 結局のところ、それが何もかもの原因なのだろう。

 自信がないから、10年前からやり直したところでいずれは失敗してしまう可能性があると思ってしまったのだ。


「その自信を付けるために必死に頑張ると決めたんだ。だから、なんというか……許してくれないか」


 自信をもってゆいと向かい合うことができるようにとりあえず勉強からコツコツと頑張っている。

 どうやったら自信を持てるのかなんてわからないし、俺にとってはとても難しいことのように感じる。

 だが、やるしかない。


「はあ…………、わかったわよ。ゆいは一応今の関係に満足してるみたいだったから許してあげる。ほんとにゆいはいい子すぎるんだから……」


 天塚はあきれたように言うと修羅のような顔になって正に殺意をこめた目で俺を睨め付けた。


「だけど、ゆいをこれ以上悲しませたら絶対に許さないから」


 今まで天塚に睨め付けられた中で一番怖い顔をしていた。

 本当に殺されるんじゃないかと思ったぞ……。

 いやでも、これもゆいのためだと思うと、納得する。

 普段はくそうざい天使だが、ゆいの話になると、天塚はほんとにただのいい友達になるんだよな。


「わかっているさ。やれることは全部やる」


 さすがに肝に銘じている。この誓いは簡単に揺らぐことではない。

 未来を変えるためには多分ちょっとやそっとの努力じゃ変えられないものだと思うから。


「絶対だからね」


 天塚は相変わらず怖い顔で睨みつけて念を押してきた。

 怖いは怖いが、俺の誓いを鼓舞してくれてると思うと、ありがたい。


「なあ、天塚。今更なんだけどよ……」


「……なによ」


 今、口にしようとしている言葉が、照れくさく口ごもってしまっていると、天塚が怪訝な目で俺を見てくる。



「その……俺を、10年前に戻らせてくれて……ありがとな」



 最初のうちは10年前に戻ったとしても、未来は変わらず最悪なことしか待っていないだろうと思っていた。

 でも、ゆいがいるおかげで想像以上に楽しい二度目の学生生活を送ることができている。

 これはすべてこの天使が10年前に戻してくれたおかげだ。

 それに俺は天塚に助けられた。もしもこの偉そうな天使が俺にはゆいが必要だと気づかされてくれなければどうなっていたかわからない。

 そう思うと、感謝したくなったのだ。


「ど、どうしたのよあんた!? 初めて会ったときと言ったことと真逆じゃない??? ほんとにあんた大丈夫なの? そもそもほんとにあなた山岸直人なの? 入れ替わったりしてないでしょうね???」


 天塚はやはり変なものを見るような目で見てきて本気で動揺していた。

 俺は「はあ」と大きくため息をつき、


「そんなわけねえだろ。馬鹿天使」


 肩をすくめてぼやいたのだった。


「はあ?? あんた、なんか言った?」


「なんでもねえよ」


 これ以上追及されるとさらにめんどくさいことになりそうだったので誤魔化した。


「まあ変わるっていうんだったら応援してあげる。だけど、勉強もだけど、ちゃんと髪のセットもしなさいよ。せっかくあたしがあんたのために良い美容院連れて行ってあげたのに何の意味もないじゃない」


 天塚は相変わらず上から目線でそんなことを言った。

 美容院に行った際にどんな感じで髪をセットのやり方を教えられた。とりあえずできるようになったのだが、わざわざ学校で付けるまでないよなと思ってここ二、三日は何もやってなかったのだ。


「ええ……」


 見た目なんて気にせず生きてきたので単純にめんどくさいと思ってしまう。

 俺が不満げに声を漏らすと、天塚はジトっとした目で睨んできた。


「あんたねえ。人生変えるなら見た目も大事よ。それにゆいの隣に立ちたいんだったら最低限見た目を気にしなさいよ」


 未来をどうよくするかばかり考えていたので気が付かなかったが、たしかに言われてみればその通りである。

 職業も大事だが、見た目も相応しいと言える人間にならなければ周りの人間から認められることはないだろう。


「わかったさ。勉強も見た目も大事だよな」


 俺は納得して頷いたのだった。


   * * *


 その後、天塚と別れて帰宅すると、すぐに机に向かうことにした。

 たしかに見た目も大事だとは思うがとりあえず勉強である。

 いつも以上にやる気に満ちている気がする。

 きっと、天塚にやれることは全部やると誓ったことも集中できている要因の一つだろう。

 改めて口にすることで、理由が明確になって余計にやる気が上がった気がする。

 そうして勉強を集中はして進めているのだが、やればやるほどやっておかなければならない内容があることに気づいてまうので進まない。

 中学の内容を基礎にしている問題が多くあり、中学の内容から丸々復習し直し、基礎から勉強し直さなければならないことも多い。

 そうして必死に勉強を進めていると、ふとしたタイミングで集中力が途切れて時計を見ると、


「もう2時回ってるのか」


 普段、俺が寝るのが0時くらいで、大体学校に行くために起きなければならないのが6時半くらいなのですぐにでも寝なければ、睡眠時間はほとんどなくなる。

 けれど……。


「まずいな……」


 試験までにやらなければならない量が多すぎて今のペースのままじゃ明らかに残り一週間じゃ終わりそうにない。


「寝ている暇なんてねえよな」


 やれることは全部やると、俺は誓った。

 睡眠時間を削ることが、一番勉強時間を使えるようになれるだろう。

 未来を変えなければならないのだ。

 そのための第一歩を踏み出そうとしているのに寝ている暇なんてあるはずがない。

 それに、10年前に戻ってくる前の社畜時代は二徹三徹当たり前の生活を送っていたのだから、徹夜するのは慣れている。


 パチンと顔をはたき、気合いを入れ直して勉強に集中し直した。

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