10年前に戻ってからのテスト ③
次の日の昼休み、いつものように校舎裏に赴くと、楠陰がやってきた。
ここ最近は一応友達である楠陰と食べることが多く、今期のアニメの話をしたり、読んだラノベの話をしたりしながら昼食を食べ進めることが多くなっていた。
「いやーまさかハルトが死ぬなんて思いもしなかったよ」
ハルトとは俺たちが最近はまっている少年漫画。『SHINGO』の主人公シンゴのライバルキャラである。
そのハルトが今週発売の雑誌で非業の死を遂げたように見せかけたシーンで世間を騒がしており、楠陰も興奮気味に語りだしたのである。俺も十年前は驚いたものだった。
「そうだよなー。その後……」
そこまで口にして俺は慌てて口をつぐんだ。
うっかり、実はそのハルトが生きていてラスボスになることなるとネタバレをするところだった……。直前で気づいてよかった……。
「その後?」
「いや、その後の展開がめちゃくちゃ楽しみだよな」
楠陰は俺が急に黙ったことで首を傾げたのだが、俺の言い訳を信じてくれたようでたしかにねーっとそう言って頷いた様子を見るにどうやら誤魔化すことに成功したらしい。
オタクトークはそれなりに楽しいのだが、ネタバレにだけは気を付けなければならない。
10年後からやってきた俺は今絶賛連載中の人気漫画の完結までを知ってしまっているのだ。
うっかりその後の展開を口にしてしまったら、俺自身が"何言ってるんだこいつは"と思われるのは別にいいのだ。だが、面白い漫画を本来感じるはずだった驚きを俺がネタバレしてしまうことで"山岸くんが言ってた通りの展開になったな"とか余計な感情を抱かせてしまうのはあまりにももったいない。
重大なネタバレについては気を付けていれば大丈夫なのだが、長い間話していくと、細かい情報の開示がどのタイミングでされたかがたまにわからなくなり、ついついネタバレしそうになってしまう。なので一度読んだことがあるとはいえ、週刊漫画は発売日に週刊誌で追うようにして一応、現在の最新話は追うようにしている。読み返すのも案外楽しいのでそのついでではあるが。
そんな風にネタバレに気を付けながら話しパンをむしゃむしゃと頬張り食べ終わると、俺は教科書を開いてテスト勉強を始めることにした。
「も、もうテスト勉強始めてるの? 早くない?」
楠陰が驚いたように口をはさんでくる。
テストが2週間先にはもうすでに始まっているというのに随分と気楽だなと思ったが、俺も中学や高校の試験勉強はそれくらいの勉強しかしていない。
「まあな。この学校頭いいやつ多そうだし、早く始めないと厳しそうだからなあ」
本来の10年前の話である。
中学生の頃はそれなりに勉強ができたほうであった俺は中学と同じ調子で試験勉強した結果、平均以下に落ちた。
義務教育でいろいろな層がいる中学とかなり高めの偏差値の受験を乗り越えた高校では差がでて当たり前だった。
「た、たしかに……。僕もちょっとやばいかもなあ。現代文とかは何とかなりそうなんだけど、数学がやばくてさあ。授業についてくのに必死かも」
「そうなのか。俺はどっちかというと現代文の方が苦手だな」
マジで現代文だけ苦手すぎて困る。
中間試験に向けて、一生懸命勉強している最中なのだが、そもそもどうやって勉強を進めればいいかわからないくらいだ。
「へえ、なんか意外だね。山岸くん本をたくさん読んでるから僕と一緒で文系なのかと思ってた」
「まあ、主に読んでるのはラノベだからな……まあ多少は普通の小説も読むけどよ」
「僕もそんな感じだけどなあ。昔から少し小説を読む程度だったよ。最近はラノベしか読んでないけど」
「いや、現代文意味わからなすぎだろ……。読書したからって成績上がるわけじゃないんだよなあ……」
現代文が苦手だと言うと、とにかく本を読めといろんな人から教わったのだが、俺自身は元からも物語が好きで周りと比べればそれなりに本を読んでる方ではあるだろう。
それでも成績が上がる気配がないのだから、どうしようもない。
「例えば『筆者の気持ちを述べよ』とかいう問題意味わからなくないか。どうやって作者の気持ちを書いた文章を読むだけで読み取るんだよ。エスパーかよ」
こういう作者の気持ちを答えなさい問題はたびたび出題されているが正解したことがない気がする。
「そもそも、小説なんて自分が楽しいから読むものだろ。その小説を読んで自分なりの感想があればそれで十分じゃねえか。なんでテストの問題にされてたった一つの正解を見つけないといけないんだよ」
俺にとっては読書は趣味でしかなく本を読んで考えていることといえば、この作品が面白いか面白くないかぐらいのもので、作者の考え方なんてわかる気がしない。
「うん。もちろん小説が楽しいから読むものっていうのもわかるよ。でも僕としては、小説を読んで問題に答えるだけで点数が取れるだけでラッキーって感じだけどな」
「そりゃあ点数取れれば文句はないんだろうけどよ。『筆者の気持ちを述べよ』とかいう問題意味わからないし、なんなら解答文読んでも解説読んでも理解できないんだよなあ」
俺がぼやいていると、楠影は首を傾げた。
「うーん……。なんか考え方が違う気がするけどなあ」
「考え方?」
「うん。『筆者の気持ちを述べよ』っていう問題はさ、別に筆者の気持ちを述べる問題じゃなくて問題の制作者が何を答えさせたいか考えたほうがいいと思うんだよね」
そもそも前提条件が異なっているのならば、正解できるわけがないというわけか。
俺が理解できない理由はなんとなくわかった気がする。ただ、だからと言って実際に問題が出た時に正解できるかというと難しい気がする。
「問題の制作者が何を答えさせたいかと言われてもな……意味わからないし、これからも理解できる気しねえな」
「うーん……。どっちかというと僕は数学の方が意味わかんないよ。数学なんて才能の差でしかないじゃん」
「そうか? 俺は数学なんてただの勉強量の差でしかないと思うけどな」
「『数学は閃きが大切』だって中学の頃の先生が言っていたんだけどさ。数学が閃きだっていうなら僕みたいな数学の才能のない凡人にそんな閃き出てくるわけないじゃないか。数学なんて才能なんじゃないの」
「それは……お前の中学の先生が悪いと思うぞ。そう言われれば才能の差だと思ってもしかたねえよな」
どう考えても楠陰の中学の教師の教え方が悪い。
数学が閃きが大切だというのなら、いくら勉強してもテスト本番で閃けないと無意味だと思われても仕方ないだろう。スポーツで言えば、お前には才能がないから練習しても意味ないと言っているものだ。教師の教え方として完全に悪手である。
「たしかに、数学においてひらめきは大事かもしれねえけどよ。それは多分、大学以上で、数学を専門的に研究している勉強している人だけの話だ。東大京大の二次試験を合格するレベルなら確かに才能が必要かもしれないが……。だが、一般レベルの高校数学なら応用されるパターンは限られてるもんらしいぜ」
まあ俺も数学を極めたわけではないので聞いただけの話を含めてはいるが、いくらわが校がそれなりの進学校でそれなりの量の応用問題が出題されているが、高校の中間試験である以上、そこまで難しいわけがない。
「だからそのパターンをいろんな問題を解いて覚えていけばいい。そうだとしたらただのどれだけ問題を解いたかの勉強量の差だろ?」
「うーん……そもそも経験を積むための問題がなかなか解けなくて困ってるんだよね……」
「それは……どうしようもねえな……」
問題を理解する上の時間に差がでるのはある程度個人差がでてしまうのは仕方ない話だ。
俺はその辺の理解がそんなに早い方ではないが、ある程度は時間をかければ何とかなる方ではある。
楠陰はため息をつき諦めかけそうになるが、何か思いついたのか突然顔をパッと明るくして、
「それじゃあさ。勉強会しない?」
「勉強会?」
「うん。勉強会してその応用のパターンをある程度教えてもらえば問題量も何とかなると思うんだけど」
「勉強会な……やったことはあるがそんなにうまくいった記憶ねえんだよな」
中学のころ数回だけ勉強会をやったことはあるのだが、実際に勉強が捗(はかど)った記憶がない。
友達同士の勉強会は雑談が主になってしまうもので、気が付けば勉強するつもりがただの雑談会になっていたのを思い出した。
割と本気で勉強しようと思っているのに、ある程度時間が割かれるのはもったいない気がする。
俺があんまりやりたくない反応を見せると、楠陰が焦ったように「え!?」と声を上げた。
「い、いやでもさ。現代文の方は僕が教えるからさ。どっちにも得があると思うんだけど」
楠陰はどうしても勉強会がやりたいのか、説得を試みてくる。
たしかに、現代文については完全に行き詰っていた。なんだかんだこの楠陰は真面目な男だと思うし、中学の時に経験したようなひどい勉強会にはならないだろう。
「わかった。今日の放課後でもやるか」
「いいの? やった!」
楠陰は飛び跳ねるように子供のように喜んでいる。
「なんで勉強会するだけで、そんなにうれしそうなんだよ」
「だ、だって、僕今までなかなか友達出来なかったから、友達と勉強会するの夢だったんだよ」
「なんだそれ」
楠陰は本当に嬉しそうに笑うので俺は思わず苦笑してしまったのだった。
* * *
その日の放課後。楠陰との勉強会をクラスメイトのほとんどが帰った後の教室で行うことにした。
現代文は教えてもらい、数学は教えられる範囲で俺が教える形で進めていると、
「なんだい。僕だけ仲間外れ何てひどいじゃないか」
早乙女優が、そんなことを言って勉強会に参加してきた。
「いや、別に仲間外れにしたわけではないんだが……」
「誘ってくれよ。友達だろ」
にかっと笑う仕草は実にイケメンである。
そんな顔で言い寄られれば断れるはずもなく、早乙女は自然に勉強会に参加していた。
そうして参加してきた早乙女だったが思った以上の活躍を見せた。
早乙女はイケメンの上に頭もよいらしく、わからない問題についてぼやいていたら、現代文以外の教科をわかりやすく説明してくれた。
楠陰と早乙女のおかげで詰まっていた問題が理解できていき、かなり勉強が捗らせることができていた。
それに加えて早乙女の幅広い人間関係からなのか、いくつかの分野の過去問を持っていてそれを見せてくれた。
さすがに同じ問題はでないだろうが、どのような形式で問題がでるかわかるだけかなりありがたい。
友達と勉強会なんて捗るわけがないとは思っていたのだが、そんなことは全くなかった。
何なら楠陰と早乙女がいてくれて本当に良かったと思う。
「なんだか意外だな」
勉強会を終えてそろそろ帰ろうというタイミングで早乙女がそんな風にぼそりと呟いた。
「何が意外なんだ?」
早乙女が急にそんなことを言い出すので俺は首を傾げて聞いてみることにした。
「直人はもっと勉強できるタイプだと思っていたよ」
「……もしかして煽ってるのか?」
「そんなことないさ。ただ、直人は頭よさそうなイメージだったから意外でさ」
「……お前、俺を過大評価しすぎるところがあるよな」
前も俺のことを陰キャじゃないとか言っていたし、定期的に謎に褒めてくる。
いくら俺が自己評価が低い方とはいえいくら何でも俺の評価が高い気がする。
「そんなつもりはないけど……」
早乙女はそう言って言葉を濁した。
これ以上、言っても無駄な気がしたので、俺は話を変えて今日の勉強会での礼を一応伝えておくことにした。
「まあ、なんにせよ。今日、教えてくれたのはめちゃくちゃ助かったわ」
「そんなに気にしなくてもいいさ」
「気にするだろ。教えてもらっただけのわけだし」
俺が教えられたことなんてほとんどないし、これではフェアではない。
「ふーん、じゃあこれは『貸し』だね?」
「お、おう。まあ、そうだな」
「そのうち返してもらうから、安心してくれよ」
早乙女はいつも通りにかっと笑ったのだが、どことなく裏があるような口調である。
俺は何をさせられるんだと少し不安になったのだった。
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