10年前に戻ってからの幼馴染との日常 ③

 俺たちはそれから急いで朝食を食べて急いで学校へと向かった。

 だが、乗り遅れてしまえば遅刻する寸前の電車に乗り遅れそうになり、自転車をできる限り飛ばして何とかいつもより一本遅い電車に乗ることができた。

 俺が駅に着いた時にはすでに電車は到着しており今にも次の駅に向かって動き出す直前で普通にやれば乗り遅れていたと思う。

 だが、俺は自転車をおくとゆいを置いて全力ダッシュで駅へと向かい、少しだけ先に到着した俺が駅員さんに頭を下げて、


「すいません!! もう少しだけ待ってもらえないでしょうか?!」


 俺がそう言って頼み込むと、優しい笑顔を見せたその駅員さんは気を利かせて電車の車長さんに少しの間出発を遅らせるようにと合図をしてくれたのだ。

 そのおかげで、ゆいがやってくるまでの時間を稼いでもらうことができ、俺たちは何とかその電車に乗ることができた。

 こういう優しさがあるのは人が少ない田舎でのみできることで田舎のいいところではあるのだろう。

 なんとか電車に乗ることができたのだが、全力で自転車を漕いで全力で走ってきたので汗をかなりかきながら、肩で息をする。

 これに乗り遅れれば、遅刻という状況だったので危なかった……。

 俺はほっと息を吐き一安心して汗をぬぐっていると、俺以上に汗だくになっているゆいの姿が目に入った。


「はあっ…………はあっ…………」


 そんな風にゆいは電車の手すりにもたれかかると、顔色を悪くして苦しそうに息をしている。

 中学の頃は一応運動部に所属していた肉体を取り戻している俺自身は問題ない。

 だが、ゆいのスピードに合わせたつもり程度にとばして駅までやってきたのだが、ゆいには随分と無理をさせてしまったらしい。

 俺が寝坊したせいでゆいを無理させてしまったらしいと反省する。

 せめてゆいには席で座って休んでほしいと思って周りを見渡して座れる席を探してみるが、田舎とはいえ朝の通勤ラッシュの時間帯であり、座れそうな席はない。

 どうしたものかと考えていると、田舎の電車は線路も車両もぼろぼろなのでダ、ダーン!!!! っと大きな音を立てて壊れてしまうのではないかと思うほど、それはもう盛大に車体を弾ませた。


「きゃっ……!」


 元々フラフラだったゆいは小さく悲鳴を上げて体制を崩し、倒れそうになるのを俺は必死に、彼女の体を支えた。


「だ、大丈夫か?」


 俺はゆいの柔らかな体がぶつかり、少しドギマギしながらも、明らかに具合が悪そうなゆいの顔を心配で彼女の顔を覗き込んだ。

 ゆいは顔色がまだ悪く、駅に到着して少しは時間があいたはずにもかかわらず未だに小さく息を切らしている。

 急激に運動をしたせいで脱水症状を起こしてしまったのではないだろうか。


「い、いえ全然大丈夫です。ありがとうございます」


 ゆいはいつもより他人行儀に礼を言って慌てて俺から離れた。

 少し他人行儀すぎていつもと様子がおかしい気がする。強がっているのだろうか。

 強がってはいても、まだゆいの息切れは収まっておらず苦しそうだ。

 そういえば母親から昼飯用のパンと一緒に飲み物としてペットボトルのお茶をリュックに入れてきているはずだと思い出した。

 あれならまだ一口も飲んでいないし、渡しても問題ないはずだ。


「ほら、これ飲んでおけよ」


 俺がリュックからペットボトルを取り出すと、ゆいに渡そうとした。


「でも、これ直人くんのですよね?」


 明らかに顔色が悪いのにもかかわらず遠慮しようとするので、俺は少し強引にそのペットボトルを押し付ける。


「いいから」


「あ、ありがとうございます」


 ゆいは申し訳なさげにお茶を受け取るとゴクゴクと汗の滴(したた)るでペットボトルを煽る姿を見守っていたのだが、ゆいの汗の滴る姿が妙に色っぽくなんとなく目を逸らしてしまう。

 だが、再びダ、ダーン!!と音を立てて電車は大きく揺れた。お茶を飲むことに気を取られていたのかゆいはまたしてもふらついた。


「きゃっ……」


「つっ……、気をつけろって」


 俺は息をのみながら、再びゆいを何とか支えることができた。


「す、すみません」


 ゆいはそう言って、また俺から慌てたようにササっと離れた。

 やはりゆいの様子がいつもより少しおかしい気がする。

 具体的に言うと、妙によそよそしい。

 いつもだったらむしろ『危ないので支えててください』とか言って俺に支えるようにねだってきて、俺をもっとドギマギさせてくるはずだ。

 それなのに、今日は俺が近づいてくるのを嫌がっているように見える。

 試しに一歩、ゆいに近づいてみると俺から距離をとろうとして一歩離れた。一定の距離感を保ちたいように見える。


(…………もしかして、俺がゆいに嫌われるようなことやってしまったのか?)


 やはり、ゆいに避けられているように感じる。

 いつもは甘々なせいで、急によそよそしい態度をとられると、何とも言えない不安になる。

 俺が気づかないうちにゆいに嫌われるようなことをやってしまったのだろうか。

 よくよく心当たりを思い出してみると、俺は五日前にゆいの告白を断り、その上で昨日はキープするような宣言をしたようなものだ。

 許されたと勝手に思い込んでいたが、実は普通に嫌われて当然なのかもしれない。

 俺は結構本気で落ち込んでいると、電車が次の駅に到着した。

 すると、俺たちとは違う制服を着た高校生が生徒が大量に乗車してきて車内は一気に満員電車に変わり始めた。

 大量の人にもまれたり押され続けて電車の隅まで来ると、ゆいを人の波から守ろうとして間に入ると、結果的に俺がゆいに覆いかぶさる形になりドンっと俺は壁に手をついた。

 所謂、壁ドンという状態になってしまっていた。

 周りからぎゅうぎゅう詰めの状態でゆいの顔がすぐそばにあり、ドクンと俺の心臓がはねた。今もなお押されまくっているのを右手一本で何とか支えているのだが、限界ギリギリでこれ以上離れようがない。

 ゆいは目を見開くと、居心地悪そうに身をよじっている。

 いつものゆいならこの際に乗じて抱き着いてきてもおかしくはないと思うのだが、どう見ても俺が近づくの嫌がっているように見える。

 やっぱりあれほどのことをして許されるわけがないよな……。


「すまん……」

「すみません……」


 俺が謝ると、なぜかゆいも全く同じタイミングで謝って声が重なった。


「な、なんで直人くんが謝るんですか?」


 ゆいが不思議そうに首を傾げた。


「いや、それは俺の台詞なんだが……、ゆいの方こそ怒ってるんじゃないのか?」


「何のことですか?」


 ゆいはキョトンとしている。もしかして、俺の勘違いだったりするのだろうか。


「ち、違うのか? 本当は昨日のことで怒ってるんじゃないかと思ったんだが」


「昨日からは……別に怒ってないですよ? 昨日までは怒ってましたけど」


「昨日まで?」


「だって! 意味わかんない断り方されて……ほんとはわたしのこと嫌いだったんじゃないかって不安だったんですからね?」


 それに関してはどう考えても俺が悪い。

 正直あのことだけで、愛想をつかされても仕方ないことをしてしまったと思う。


「それは……ほんとにすまんかった……」


 俺は罪悪感でいっぱいになり本当は頭を下げたいのだが、満員電車の中では動くスペースがなく、顔を伏せることしかできなかった。


「この話はやめましょう。今は全然怒ってないですから。気にしないでください」


 ゆいは空気が重くなるのを嫌がったのか、そう言って笑って見せた。

 やっぱりゆいは優しいと思う。

 俺はこの優しさに何度救われたかわからない。

 ゆいが今は怒っていないことに一安心するが、それならどうして先ほどまであんなに様子がおかしかったのかとそう思ってしまう。


「けどよ。だったら、ゆいはどうしてあんなによそよそしかったんだ?」


「あー、よそよそしく感じちゃいましたか? その……怒ったとかじゃないんですが……」


 ゆいはそう言って気まずそうな顔をして体をよじった。


「汗臭くないかなって……自転車で汗まみれになってから拭いたりする暇もなかったせいで汗びっしょりで」


 そう言われてスンスンと周りのにおいをかいでみるが、別に臭いとは感じなかった。そもそも満員電車でいろんなにおいが混じっており、ゆいの匂いがどれかも判別できない。


「やっ、やめてください。嗅がないでください。 絶対、だめですから!」


「別に臭いとは思わなかったぞ」


「本当ですか? ……いやでもだめです。今から鼻で呼吸するの禁止します」


 俺がそう言うと、ゆいは少しだけ顔を明るくしたのだがすぐに思い返すと俺の鼻をつまもうとしてくる。


「なんだよそれ」


 ゆいが鼻をつままれて変な声になり笑いながら呟いた。


   * * *


 そのまま電車に揺られること四十分ほどで、学校の最寄り駅に到着した。

 満員電車だった車内は十分ほどで高校の最寄り駅に到着したため一気に人が降りていき元の込み具合に戻っていた。

 だがそれなりに混雑したままで座れることはなく、一時間近く電車の揺れにこらえながら立ちっぱなしの状況が続いていたせいで足が棒になっている。

 

「足いてえな……」


 俺はぼやくように呟いた。

 そもそもかなり急いで駅までやってきていたのだ。そこから立ちっぱなしで一時間電車に揺られてしまったらさすがに俺の若い体も疲れて当然だ。

 高校では部活にも入らず、最近あんまり運動してなかったしな……。


「……ここから学校か……」


 通学だけでもすでに疲れているのにこれから普通の学校の一日が始まると思うと気が重く、ため息をついた。

 いつもは、最低限座れるように空いていて座ることのできる一本前の電車に乗ることにしているのだが……今日は寝坊してしまい乗り遅れてしまった。

 寝坊したのを改めて悔やんでいると、ゆいは特に疲れた様子も見せず俺の腕を優しく握り、引っ張った。


「直人くん、急ぎましょう。遅刻しますよ?」


 なぜか俺はその言葉はどこかで聞いたような、デジャブのようなものを感じていた。

 そういえば、昨日遅刻して学校に来た時、この言葉と同じような幻聴を聞いたような気がする。それがデジャブのように感じているのかもしれない。

 昨日のことなのにも関わらず何もかも変わってしまったせいで、随分前のことだったように感じる。

 あのままいけば俺のせいで本当にゆいとの関係は終わってしまっていただろう。

 だから、俺はこの10年前に戻ってきてからの宝物のような記憶をせめて思い出としてしまっておこうと思ってあの幻聴を聞いていた。


 だけど、今はゆいが隣にいてくれる。

 それは彼女から手を引かれていることからよく伝わってくる。

 本当にゆいと一緒にいることができてよかったとたしかに実感していた。

 


 

 

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