10年前に戻っても幼なじみとデートするはずがないだろう ⑥
「直人くんのことが好きです。わたしの彼氏になってもらえませんか?」
なんとなくいつかこんな日が来るのだろうと思ってはいたから俺はこの告白にどう答えるべきなのか、ずっと考えてきた。
だから彼女の告白への答えは随分も前から決めている。
それでも俺はこの答えを口に出すことを躊躇ってしまい、唇をかみしめた。
口をつぐみながら佐伯ゆいの顔が目に入ると、今にも泣きだしそうな表情で俺の答えを待っている。
こんな真剣な告白の返事を答えないわけにもいかなかった。
「……すまん。俺はお前と付き合えない」
もしも10年前と同じように告白されたらと考えることがあったから、いつかもしも10年前と同じように告白されたらどうするべきかとずっと考えてきた。
俺はずっと考え続けてきた結果、俺は10年前と変わらず彼女の告白を断るという選択をしかできなかったのだ。
「……どうして……ですか?」
佐伯ゆいが絞り出すように出した声は震えていて、目元がきらりと光って涙をためているのが俺にも分かった。
そんな佐伯ゆいを見ていられなくなって俺は目を伏せながら口を開く。
「お前は俺なんかを選んじゃいけないんだ。だから俺なんかじゃなくてもっといい人を探せよ」
俺が風邪をうつしたせいで躓いてしまったが、きっと佐伯ゆいの実力があれば今からでも有名声優になることができるだろう。
彼女みたいな素敵な女性であれば、きっと引く手数多だ。俺より彼女に相応しい男なんて星の数ほどいる。
例えば、本来の10年後。佐伯ゆいは彼女と同じくらい有名な声優と熱愛報道されて、たびたび話題になっていた。
俺はそのニュースを聞いたとき、彼みたいに全てを持ち合わせたような声優であれば、きっと彼女と相応しいのだろうと納得してしまったのだ。
高卒でブラック企業に勤めているせいで過労死してしまうような俺じゃ彼女には相応しくないと誰だって言うだろう。
「そんなことないです……。わたしは直人くんがいいんです! 直人くんじゃなきゃ……ダメなんです」
本当に、嬉しいことを言ってくれる。
俺はそんな言葉にうっかり流されて受け入れそうになってしまいそうになるが、強い自制心で自分自身を押さえつけた。
「俺じゃダメなんだ。それに、俺がずっと一緒にいるとお前の将来に邪魔になる可能性だってある」
俺が佐伯ゆいに風邪をうつしたせいで、彼女がデビューする未来が変わってしまったように、これからも俺と一緒にいるせいで、声優という彼女の未来が変わってしまうことだってあり得る。
10年前は俺が佐伯ゆいを振ることで彼女は声優になることができた。だとするならそれが一番正しい選択のはずだ。
「直人くんの言ってること……全然わからないです」
「今はわからないかもしれないけどよ。俺みたいなやつを選ばなくてよかったって思う日がきっと来る」
「そんなことないです、そんな日は絶対来ないんですよ?」
佐伯ゆいは必死に首を振って否定する。
これ以上は埒があかないし、きっと伝えきらないだろう。
俺が過ごしてきた惨めな10年間を彼女は知らないのだからどうやったって証明しようがない。
だから、俺は嘘をつくことにした。
「はっきりいうとだな。俺はお前が鬱陶しくて仕方ねんだ。幼なじみとして我慢してきたけどよ。恋愛対象なんかじゃない。だから俺はお前と付き合ったりしねえんだよ」
俺は突き放すように言った。
思ってもない言葉を口に出すと、心臓を握りつぶされるような鈍い痛みが胸に響き、気づけば歯を食いしばっていた。
「嘘、ですよね?」
「嘘じゃねえよ」
佐伯ゆいが、確信を持った口調で言うので、俺は一瞬で見抜かれてぎくりとしてしまうが目を逸らした。
「知っていますか? 直人くんは嘘をつくとき目を逸らす癖があるんですよ。……それにそんな顔してれば誰だってわかります」
「…………」
俺はついに何も言えなくなってしまう。
「直人くんは……、どうして高校生になってから昔みたいに『ゆい』って呼んでくれないんですか?」
小さなころ、家族ぐるみの付き合いだったのだから”ゆいちゃん”と下の名前で呼んでいたし、それなりに大きくなってからも”ゆい”とよんでいたと思う。
俺はずいぶん前から一度も”ゆい”と呼んでいない。
多分、俺が彼女の名前を呼ばないようになったのは10年前から戻ってきてからだ。
「ちゃんとわたしの名前を呼んでください! ……もっとちゃんとわたしを見てください!」
佐伯ゆいはばっと立ち上がり俺の両肩を掴むと、俺の両眼をじっと見つめてきたのに、たじろいで固まる。
「……すまん」
俺は俯いて謝ることしかできなかった。佐伯ゆいが悲しげに曇らせた顔で涙を目に潤ませているのをみてしまい、罪悪感でいっぱいになった。
「ご乗車ありがとうございましたー」
沈黙を破り、扉を開いたのは観覧車の店員だ。俺たちはいつの間に観覧車を一周回りきって、地上まで帰ってきていたらしかった。
「直人くんのばか」
佐伯ゆいは小さな声で呟くと、光る涙をこぼして観覧車から飛び出し、走り去っていった。
俺はそんな彼女の様子をみていることしかできなくて、立ち上がれずにいると、観覧車の店員は空気を読んで修羅場に出くわしてしまったとでも思ったのか気まずそうに笑顔を引きつらせ。
「……ごゆっくりどうぞー」
その店員は俺がまだ動けずにいるにもかかわらず、もう一度観覧車の扉がガチャリと閉めた。
俺は一人、取り残されたまま、観覧車の二周目に上って行った。
* * *
観覧車は2周目をミシミシと音を立てながら、ただ同じところを回り続ける。
せっかくの2周目なのに何の意味もなく同じ場所を回り続けるなんてまるで俺の人生に似ているなとそんなくだらないことを思って、ため息をつく。
そんな一人きりの観覧車に面白味なんてあるわけがなく、周りの景色を眺める気にはならなかった。
俺の中で一番の衝撃は彼女の告白のタイミングがあまりにも早すぎることだった。
『佐伯ゆい』……いや、『ゆい』と呼ぶべきか。
ゆいが告白してくるのは本来あと2か月ほど先になるはずだった。少なくとも本来の過去では2か月先だった。
ただ、俺とゆいの関係は、ゆいがグイグイくるようになって本来の10年前からとっくに変わっているのだ。告白のタイミングが早くなったってなんの不思議もないのかもしれない。
それでも、本来の出来事で変えようのない未来であったとしてももう少し先であってほしかった。
だって俺はゆいとこのままずっとこの付かず離れずの幼馴染関係がずっと続けばいいなんて、そんな風に思っていたのだから。
けれど、告白されてしまえば、ゆいの未来のために断るという選択をすると決めていた。
……俺じゃゆいに相応しくないのだから。
だから、俺はできるだけ告白されるのはできるだけ先回しにしようとそう思ってきたつもりだ。
ゆいのデートの誘いを断ったのも学校でできるだけ一緒にいないようにしようと提案したのもそれが理由だ。
未来で告白されたのだからいずれ終わりが来るとわかっていた。だけど、俺はその終わりを少しでも長くあってほしいと思っていた。
もちろん俺はゆいのことを憎からず思っている。
あんな風に寄り添ってくれる幼なじみを嫌いになれるはずがない。
ゆいと名前を呼んで彼女と向き合ってしまえば、俺はこの気持ちを抑え込むことができなくなってしまう気がしたから、ゆいと向き合うことが怖かったのだ。
この気持ちを抑え込むために俺はゆいを遠ざけようとも思ったけれど、そうすることはできなかった。
だって、ゆいと一緒にいられる日々は楽しかったから。
もう二度と話すこともないだろうと思っていた幼なじみと青春のようなものを送れたのだ。
楽しくないはずがない。
それでも俺みたいな人間がゆいと結ばれていいはずがなくて……。
だから俺はこれが正しい選択だと信じた通り俺は断った。
それなのに、ゆいが涙をこぼして去っていく顔を見た瞬間、きっと俺は間違ってしまったのだろうと確信していた。
それでも俺はこの選択しかとることができなくて、きっと俺が選べる選択肢には正解なんてなかったのだろうとそう思うことにした。
そんなことを考えているうちに観覧車は一周回って地上へと帰ってくる。
多分、ゆいは俺が観覧車で一周している間に車で家に向かってしまっているだろう。
俺たちのデートはそんな最悪の形で幕を閉じたのだった。
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