佐伯ゆい ⑤
わたしが直人くんに告白することを決めたのは二日ほど前のことです。
「それでさ。結局どっちがゆいちゃんの彼氏なの?」
「はい⁉」
陽子さんが課題を終わらせることができなかったので、わたしと天塚さんはその課題を教えるために教室に残っていました。他のクラスメイトは帰ってしまったので教室にはわたし達三人しか残っていませんでした。
陽子さんの課題が終盤に差し掛かった時、陽子さんが突然そんなことを言いだしたのでわたしはつい聞き返してしまいました。
「あ、えっとね……。今日の昼休み、ゆいちゃんが彼氏に会いに行ったときにさ、うちらゆいちゃんがどこに行くかこっそり後をついていったんだよね」
「わたしのことつけてたんですか⁉」
後をつけられているなんて全然気づいていなかったので驚いてしまいました。
「ほんとごめん!! ゆいがどんな人と付き合ってるか知りたくない? って恵がいうから仕方なくさ」
「ちょっと、マジあたしだけのせいにすんのやめてよ、陽子もノリノリだったわよね?」
天塚さんがいつものようにわたしたちの間に入ってきて言いました。
別に天塚さんと陽子さんに後をつけられていたからって怒ることはないですが、どこまで直人くんとわたしの関係を知られてしまったのでしょう。
「それで、どこまでみてたんですか?」
「ゆいちゃんが男子二人と一緒にいるのはみえたんだけど、それ以上は邪魔しちゃ悪いねって話になって引き返してきたんだけど……陽子さんにあの男子二人って他のクラスの人?」
正直に答えてもいいものなのでしょうか。
わざわざ昼休みにクラスの外で昼食を食べているのですから、他のクラスの子を疑うのが普通でしょうし、勘違いしてるままにしてもいいかもしれません。
わたしは直人くんとの関係を別にひた隠しにしていたわけではないのですが、少し気恥ずかしくて誤魔化してきました。
入学して一か月たってずっと仲良くしてきたこの二人は信頼しています。きっと、打ち明けても、口外したり、からかったりはしないでしょう。それに恋の相談というのも楽しいですし、直人くんへの有効な攻め方のアドバイスをもらえるかもしれません。
この二人になら話してもいいかもと思っていました。
「山岸直人くんと楠陰一馬くんです」
わたしが正直に告げると、天塚さんと陽子さんは対照的な反応をしました。
「へー、うちのクラスのあの二人か。なんというかゆいちゃんの彼氏にしては地味? だよね」
まず、陽子さんは意外そうに首をかしげました。
「山岸直人⁉」
そして、天塚さんは心底驚いたようで、声を上げて近づいてくると、わたしの肩を掴んできました。
「ちょっ、山岸直人だけはやめときなさいよ」
「ど、どうしてです? というか天塚さん。直人くんのこと知ってるんですか?」
「何度か話したことあるけど、性格最悪だから! やめたほうがいいって!」
「む、そんなことないですよ! 直人くんわかりにくいですけど、実は優しいんですからね!」
本当にわかりづらいですが、直人くんは優しいです。ぶっきらぼうに見えてもきちんといろいろ気を使ってくれる優しさをいつも感じていました。
わたしが天塚さんにムッとした表情で反論していると、横から見守っていた陽子さんがニヤニヤして口を開きました。
「そんなに山岸くんをかばうってことはさ。ゆいちゃんは山岸くんと付き合ってるんだよね?」
「ち、違いますよ。ただの幼なじみです……まだ」
わたしが小さく『まだ』と付け加えると、陽子さんが全てを察したような顔をして。
「もしかしてゆいちゃん……片思いしてるの?」
「……はい……」
わたしは話してもいいとは思っていましたがやっぱり恥ずかしくて顔を赤らめてうつむき、小さな声で返事しました。
すると、陽子さんがわたしを思いっきり抱きしめてきて。
「キャー!! ゆいちゃんかーわーいいー!!」
「い、痛いです。陽子さん!」
陽子さんが抱きついてきたのでわたしが反抗すると、陽子さんは力を緩めてくれましたが、今度は天塚さんがまじめな顔をして詰め寄ってきました。
「ねえ、ゆい。あんたさ。ほんとにあんな奴のことが好きなの?」
「……はい、好きですよ。あんな奴なんて言わないでください」
わたしは少しだけ怒って反論しました。
「ごめんねゆい……。じゃあさ、ゆいはどうして山岸直人のことを好きになったの?」
「どうして、ですか……」
どうしてと聞かれてもすぐには理由が出てきませんでした。
直人くんの悪いことだってたくさん思いつきます。
例えば、ヘタレなところだったり、自分に自信がないタイプなのかすぐ直人くん自身のことを悪く言ったりするところなんかほんとに嫌いです。
それでも、ぶっきらぼうに見えて優しいところとか本当に大事なところで努力できるところとか好きなところも負けないくらいたくさんあって……。
この人のことを好きになってよかったなって本当に思っていました。
「わたしにだって直人くんの嫌いなところだってあります。でもそれでもいいところだってたくさんあって、わたしたちは幼なじみでずっと一緒にいて、一緒にいるのが楽しくて……いつの間にか嫌いなところも全部ひっくるめて好きになっていたんだと思います」
わたしはまじめな顔をして言うと、天塚さんと陽子さんは驚いているようでした。
「……そう」
「なんか思ったよりずっと本気でびっくりしたかも」
そんな二人の様子を見ていると、いくらこの二人とは仲がいいとはいえ、ちょっと重い話をしてしまったので、引かれてないか心配になりました。
「も、もしかして引かれちゃいましたか?」
「ううん、すごいよ! そんなに好きな人うちにできたことないからさ、ね、恵?」
「え、ええ。そうね」
陽子さんが首を振って否定して天塚さんに話しかけると、何か考え事をしていたのか慌てて答えました。
「よかったです」
どうやら本当に引かれてないみたいで安心して吐息を漏らしました。そんな時、陽子さんがわたしをじーっと見つめて口を開きました。
「それで、ゆいちゃん。いつ告るの?」
「はい⁉」
「ちょっと陽子⁉」
陽子さんが突然そんなことを言うので、わたしと天塚さんはびっくりして聞き返してしまいました。
「絶対告ったほうがいいって! 幼馴染なんだから多分一緒にいるのが当たり前になってるから進展しないんじゃない?」
「え、でも……」
「いい? ゆいちゃん。恋の基本は攻めて攻めて攻めまくることだよ! 攻めなきゃ!」
「で、でも告白してしまったら今までの関係が壊れてしまうのが怖いんです……」
「ゆいちゃんこんなに可愛いんだから、ぜぇーったい!振られたりしないって! それに、もしも振られたりしてもそこからがスタートなんだよ」
「そこからがスタート?……ですか?」
「うん! 告白されたからその人のことを気にしだすっていうのもよくある話だしさ。絶対一回告ってみたほうがいいって」
陽子さんが断言するので、なんとなく直人くんへの有効な攻め方に思えてきました。
「わ、わかりました。頑張ってみます! でも、どんな風に伝えればいいと思いますか?」
「うーん。じゃあさ。デートに誘ってみたら? できるだけ早いほうがいいし、明日遊びに行くときに、一緒にプラン考えて……明後日にしよう!」
「明後日⁉」
陽子さんがそんなことを言うので考え事をしていた天塚さんが驚いたように言いました。
「ちょ、ちょっと早すぎないですか?」
「早いほうがいいけど……まあ心の準備ができてないんだったら、明後日は別に告らなくてもいいからさ。ゴールデンウィークが終わったらテストもあるし、イベント盛りだくさんで忙しくなっちゃうって先生言ってたよ。絶対ゴールデンウィークのうちにデートしとくべきだって!」
陽子さんの提案はちょっと強引で戸惑ってしまいましたが、わたしは陽子さんにずっと燻ぶっていた思いの背中を押された気がして頷くことにしました。
「それもそうかもしれないですね」
「ちょっとゆい? 本当にいいの?」
わたしを心配するような声で天塚さんが言うので、わたしはにこりと笑って見せました。
「だって元から同じ高校にいくことができたら、告白しようってずっと前から決めていましたから」
わたしがまだ中学生だったころの話です。
その時からもうとっくに自分の気持ちに気づいていたわたしは、直人くんが当時のわたしの偏差値ではギリギリ届かないくらいの高校だった清水高校に受験することを決めていると聞きました。
直人くんと同じ清水高校に入ろうと、必死に勉強を頑張っていたのですが、心が折れそうになった時、もしも同じ高校に入ることができたら、告白しようと決めることで、勉強を頑張ることができたのです。
それでもわたしはタイミングを逃し、直人くんに振られてしまうとてもリアルな悪夢をみてわたしはもしも本当に振られてしまったら、あの悪夢みたいな結末になってしまうんじゃないかと不安で…今までずっと引き伸ばしてきました。
それでも今日、陽子さんのちょっと強引な提案のおかげで改めて決意することができたのです。
「そう……わかったわ」
天塚さんがなぜか何かを決心したような顔で頷きました。
「じゃあ、明日三人でデートコースの下見に行こうね」
陽子さんがそう言うと、突然、天塚さんが深く頭を下げて、
「陽子、ごめん。明日行けなくなった」
「えーっ! 恵こないの?」
「マジごめん。急用ができたのよ」
天塚さんは本当に申し訳なさそうに謝りました。
「絶対あいつの性根を叩き直してやるから」
小さな声で天塚さんが呟いたのが聞こえてきて、わたしは一体どういう意味だろうと首を傾げていたのでした。
* * *
直人くんとのデートはほんとに楽しくてやっぱりデートに誘ってよかったとそう思っていました。
あまりに楽しすぎるせいであっという間に夕方になって告白を予定していた観覧車に乗るという時まできてびっくりです。
夕方の観覧車は眺めが本当に綺麗で、観覧席の中は夕焼けで満ちきっていて、観覧車の眺めを見ながら昔の思い出を話しながら、そっと手を握っていて、告白するシチュエーションとしては百点満点でしょう。
「思い返してみると、わたしたち喧嘩も何度かしましたけど、なんだかんだずっと仲のいい幼なじみだったと思います」
本当にいい思い出ばかりで、ずっとこのままの関係が続いてくれるなら本当はそれが幸せなのかもしれません。
「でも……」
これ以上この言葉を伝えてしまうと、わたしたちの心地の良い幼馴染という関係は終わってしまうと、そうわかってしまって伝えると決めていた言葉はなかなか出てこず、何とか出てきた言葉は震えていました。
それでも、わたしはコクリと息をのんで胸に手をやり、きゅっと握りしめました。
「でも、わたしは……ずっとただの幼馴染のままじゃ嫌なんです」
「…………は?……」
直人くんは目を見開くと、怯えたように顔を歪めました。
わたしは直人くんのその表情を見た瞬間、本当に嫌な予感がして、この告白をやめるべきなんじゃないかって思ってしまいました。
ここから一歩、踏み出すのは本当に怖くてわたしの心臓はドクンドクンと大きく鳴り、目を潤ませて小さく震えていました。
それでも……。
もう我慢できないほど、わたしの気持ちは膨れ上がっていてきっと伝えないとだめなんです。
わたしは涙がこぼれてしまいそうな目にぐっと力を入れてこらえるとそっと息を吐き、直人くんの目を真っすぐに見つめました。
「直人くんのことが好きです。わたしの彼氏になってもらえませんか?」
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