10年前に戻っても幼なじみとデートするはずがないだろう ④
俺たちはその後、アパレルコーナーを一通り見て回ると、デートといえば映画だという佐伯ゆいの提案で、映画館にやってきていた。
映画館はゴールデンウィークということもあり、家族連れで賑わっており、チケット売り場も行列を作っている。俺たちはとりあえずその行列に、並ぶことにすると、上映されている映画がモニターに表示されているのが目に入った。混みあってはいるとはいえ、どの映画も満席というほどではなく、どの映画を見ても上映時間さえ少しの間待っていれば、どれも見ることができるようだ。
「何を見ますか?」
「そうだな……おおいぬこどもの晴と空でいいんじゃないか」
おおいぬこどもの晴と空という作品は、有名な監督が作ったアニメ映画である。有名監督が作った映画ということで俺はもちろん10年前もチェックしてみていたが、この映画は賛否両論あったが、俺は好きな作品だった。10年前に見た映画ということで記憶が薄れかかっている。
内容は家族をテーマにした作品で、無難な作品だと思えた。もしも、カップルでもないのに恋愛ものなんか見たら、俺はなんと感想を言えばいいか絶対わからなくなるだろう。
それに、あと20分ほどで上演されるらしく、時間的にもちょうどよさそうだった。
「いいと思います。この監督の前の映画、ほんとに面白かったですから気になっていたんですよね」
俺たちはこの監督の前作の映画で話してしばらく待っていると、チケットを買う順番がやってきた。
「おおいぬこどもの晴と空、高校生二人分で」
俺はチケット売り場の店員に話しかける。
「男女お二人様ですと、カップル料金だとお安くなっておりますが、どうなされますか?」
「……それ、どれくらい安くなるんですか?」
「高校生のカップル料金ですと、お一人で三割引ほどお安くなっております」
「……じゃあ、それで」
カップルと聞いて思わず固まってしまったが、冷静に考えた結果、カップル料金を受け入れることにした。
別にカップル料金とはいえ、本当のカップルじゃなくても男女であれば誰でも適用される割引だと思う。
それに、昨日から天塚に美容院代や洋服代など、散々、金を使わされたので絶賛金欠中なのだ。四月に働いていたバイト代が入ったばかりだったからなんとか払えてはいるのだが、もらったバイト代はもうほとんど残っていない。
「ありがとうございました。もうすぐ入場可能時間になりますので、入場口まで向かってください」
俺たちは案内にされた通りに、入場口に向かったのだが、ここにも人が込み合っており、20メートルほどの列ができていた。
「えへへ、店員さんにはカップルにみえるんですかね?」
「ち、ちがうだろ多分。男女であれば誰でも適用される割引を業務的に教えてくれてるだけだって」
「そうですかね?」
俺たちはそんな話をしながら、入場口へと続く列に並んでいると、ピンポンパンポーンと場内アナウンスが流れだした。
『入場口でお待ち頂いているお客様にお願いがあります。学生料金をご利用のお客様は学生の提示をする準備を。また、カップル料金をご利用のお客様はカップルだと証明をお願いする場合がございます。ご了承ください』
俺はそんなアナウンスを聞き、動揺で体を固まらせていた。
「カップルだと証明ってなんだよ……」
具体的には何をすれば良いか全く分からず困惑して呟くように言った。
「カップル料金っていうからには、やっぱり本物のカップルじゃないといけないんじゃないでしょうか?」
「そうかもしれないな……。買い直すか」
金欠で財布には響くが、仕方がない。
カップルと噓をつくのはよくないよな、うん。
「い、いえ、もうチケットは買ってしまったわけですし、やっぱり……カップルのふりをするのがいいんじゃないですか?」
「でもよ……」
俺はうまい言い訳が思い浮かばず、口をつぐんだ。
合理的に考えれば、佐伯ゆいの言う通り、多分カップルのふりをするのが一番うまくいくだろう。
恋人なんてものは基本自己申告制なわけで、証明書を発行するわけではない。だからこそ証明しろなんて言われても何をすればいいのかわからない。
いや、想像はつくのだが、想像つくからこそいろいろと余計なことを考えてしまう。
「とりあえずカップル料金について店員さんに何をすればいいか聞いてきますね?」
佐伯ゆいはそう言うと、すっと列を抜け出し近くにいた店員さんに話しかけた。俺はそんな彼女の様子を見ながら、そわそわしながら列に並んでいると、佐伯ゆいが店員に丁寧に一礼して、近くの客をすり抜け、俺の隣に戻ってきた。
「どうだった?」
「どうやら、カップル同士で手を繋いでいればいいみたいです」
いろいろ想像してしまった割には案外普通なことだ。
冷静になって考えてみれば、人前でするのを恥ずかしくなるようなことを映画館という公共の場でやっていいはずがなかった。
「えっと……、繋いでくれますか?」
佐伯ゆいは不安そうな様子で目をうるませて右手を差し出してきた。
「あ、ああ」
俺は動揺しながら彼女の手をそっと握ると、彼女の体温が直に触れ、熱を持っているのが伝わってきた。
彼女の手は思ったよりも小さく柔らかすぎて、どれくらいの強さで握っていいかわからなくなった。
緊張で彼女の顔が見れず、手汗がすごい。
手汗で彼女に気持ち悪いと思われていないだろうか心配になった。
「え、えへへ、なんだか恥ずかしいですね?」
佐伯ゆいは緊張した面持ちでいつもの笑顔を少しだけひきつらせながらもはにかみ、俺の顔を覗き込んできた。
前回手をつないだのは看病の時で、看病だったからこそ何も気にせずに済んだが、今は公共の場で人の目もある。恥ずかしくて仕方なかった。
「……そうだな」
俺は熱くなった顔を見られないようにそっぽを向きながら答えると、俺たちは映画館の入場口に並んでいる先頭までやってきていた。
「カップルのお客様ですね。チケットを拝見させていただきます」
俺は買っていたチケットをポケットから取り出し、受付の係をやっている店員に渡す。
偽の恋人とはいえ、あっさりとカップルとみてもらえたらしいので、俺は少しだけ安堵して待っていた。
すると、握っていた佐伯ゆいの手の指が俺の指の間をするりと通り抜け、握り方が変わり、彼女の手と密着度を増した。
要するに所謂『恋人つなぎ』といわれる手のつなぎ方に変わっていたのである。
「なっ……」
俺は息をのみ、動揺で声を漏らす。俺は慌てて見ないようにしていた佐伯ゆいのほうを見ると、顔を真っ赤に染めていた。
佐伯ゆいは顔を赤くしたまま、すっとさらに俺に近づいてきて、背伸びをして耳元まで顔を寄せて、
「絶対にバレないようにしないといけませんから」
小さく、緊張した声音が耳元で囁かれた。
そんな俺たちを店員が温かい目で見つめながら半券をちぎったチケットを差し出された。
「ありがとうございました。ごゆっくりお楽しみくださいませ」
その店員の生暖かい視線と柔和(にゅうわ)な笑みで俺たちを見ているところを見ると、どうやら完全にカップルと信じているらしかった。
俺は誤魔化し切れてよかったのか誤解をそのままにしてしまっていいのかと複雑な気持ちでチケットを受け取ると、
「行きましょう! 直人くん」
佐伯ゆいに恋人つなぎをされたまま引っ張られ。俺は引っ張られるがままに足を踏み出す。
「あ、ああ」
彼女がにこやかに微笑んでいる姿は可憐という言葉がよく似合っており、俺はそんな姿にうっかり見惚れてしまっていた。
俺はつい手を離すのを忘れてしまい、なすがままに連れまわされていく。
(ああ、楽しいなあ)
噛み締めるように、慈しむように、俺はこの思い出を大事にしまっていく。
心の底から10年前に戻ってきて佐伯ゆいと一緒に居ることができて楽しいと思う。
絶対に10年前になんて戻ってやるかなんて思っていたが、実際に戻ってからの佐伯ゆいとの日常は本当に楽しくてこの日常がずっと続いてくれないかと思ってしまう。
いつか……、いや、きっともうすぐ俺と佐伯ゆいの関係は終わってしまうだろうと知っている。
だけど、それでも、少しでも長くこの関係が続くようにと俺はただ願っていた。
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