10年前に戻っても幼なじみとデートするはずがないだろう ③
「どうですか? この服」
そういって佐伯ゆいは試着室のカーテンを開く。
先ほどまでとは違い、ブラウンのチェック柄のセットアップを羽織り、清潔感を感じる白いシャツ、ブラウンのミニスカート、頭にはベレー帽をかぶった姿で出てきた。
ベレー帽をかぶった姿は新鮮だったが、とても似合っており、一層知的に見えた。
「あ、ああ。いいんじゃないか」
無難にそんな風に返すと、えへへっとうれしそうに笑うと、また試着室のカーテンを閉める。
佐伯ゆいが慌ただしく着替えている布がかすれた音がする。
「じゃあ、これはどう思いますか?」
また試着室のカーテンを開くと、今度は白のカットソーに、もこもことした温かそうな白のニットを羽織り、グレーのパンツといった姿で出てきた。
「まあ、それもいいと思うぜ」
俺はおしゃれなんて全くわからないのでさっきと変わらない語彙で答えると、佐伯ゆいは今度は少し不満そうな顔で、試着室のカーテンを閉め、また一人取り残されまた慌ただしく着替えている音が聞こえてきた。
俺たちはアパレルコーナーの女性服専門店に来ている。そこで俺は佐伯ゆいの試着に付き合わされていたのだが、あまりにも俺には場違いで身を捩(よじ)る思いだ。
女性用の店なので周りには女性しかおらず、居場所がない。辛い。
何が辛いって店員や周りの女性客から、初々しいカップルを見守るような生暖かい目で見られているところである。
それに間違いなく俺みたいな陰キャが来るところではないのだ。
佐伯ゆいに『逃げないでくださいよ』とここに入る前に念押しされてなかったら、もうとっくにこんなところから逃げ出している。
俺はそんなことを考えながら頭を抱えていると、佐伯ゆいが更衣室から今度はベージュのワンピースを着て出てきた。
「今度はどう思いますか?」
「ああ、いいんじゃないか」
俺にはあまりにも語彙力が足りなすぎて、またもぶっきらぼうに答えると、佐伯ゆいはムッとした表情に変わった。
「なんだか同じような感想ばっかりですね」
佐伯ゆいは不満げにそんな声を漏らした。
「仕方ねえだろ。ファッションのことなんてわからねえんだから。それよりよ。……そろそろここから出ないか?」
「えー……もうちょっとダメなんですか?」
「いやもう無理これ以上ここにいたら死んでしまう」
「……仕方ないですね。じゃあ最後に一つだけ聞きたいんですけど、三着きてきましたけど、どれが一
番似合ってると思いましたか?」
「だからファッションのことわからねえって言ってるだろ。俺に聞いても参考にならねえよ」
「いいから教えてください。わたしは直人くんが思ったことを聞きたいんです」
「……そうだな。一着目が一番似合っていた気がする」
俺は佐伯ゆいが着ていた三着の服を思い出して答えた。
「へー、直人くんは、こういうのが好きなんですね?」
「いや、純粋にお前に似合ってると思ったんだよ」
ただ、知的に見えてなんとなく彼女の雰囲気にあっていたと思ったのが一着目だっただけだ。
「じゃあ買ってくるのでちょっと待っててください」
彼女はそういうとレジの方に歩いて行った。
俺がここに一人残されると、完全に女性服専門店にやってきた不審者だ。
早めにここを出て待っておくことにしよう。
* * *
「直人くん、お待たせしました」
俺が女性服専門店の前で待っていると、佐伯ゆいに声かけられてそちらを向くと、
「お前、それ着てきたのかよ」
佐伯ゆいが先ほどまで着ていた白いブラウスから、試着室から一番初めに出てきた時に来ていたブラウンのチェック柄のセットアップを羽織り、清潔感を感じる白いシャツ、ブラウンのミニスカート、頭にはベレー帽をかぶった姿に着替えていたので俺は少し驚いて聞いた。
「えへへ、直人くんが一番可愛いって言ってくれましたから、どうですか?」
佐伯ゆいは服を見せびらかすように一回転する。俺はそんな彼女を可愛らしいなと思いながら微笑み、口を開いた。
「タグ付いてるぞ」
服についているタグはあらかたとってあったのだが、一回転したときにベレー帽の後ろに白いタグがぴょこぴょこはねて可愛らしい。
「え、ほんとですか?」
佐伯ゆいは慌てて身を捩って服を見回すのだが、見つかる様子がなかった。
「ほら、ここだよ」
俺は佐伯ゆいにすっと近づくと、ベレー帽から直接タグをとって、手に取ったタグを彼女に見せると、
「あ、ありがとうございます」
気が付けば佐伯ゆいと距離を詰めすぎており、ごくり生唾を飲んだ。
「……おう……」
俺は慌てて佐伯ゆいと距離を離したが、急に近づいたのが照れくさくて気まずくなり黙ってしまうと、佐伯ゆいも口を開く気配はない。
「「…………」」
前世では女の子と関りがほとんどなかった俺にとってデートと言われると、長い間一緒にいた佐伯ゆいとでもどう接すればいいかわからなくなる。
その沈黙を何とか打ち破ろうと、俺は口を開いた。
「重そうだな。その袋」
俺は手を差し伸べて、佐伯ゆいが持っている大き目の袋の端を握った。
佐伯ゆいが着替えた服をいれた袋が一着そのまま入っているのか、かなり大きめの袋を持っている。
昨日、天塚に女の子とデートする時は基本買った荷物は男が持つようにと教えられていた。教えられた当初はそんなこと絶対やるもんかと思っていたが、思いついた話題がそれだったのだ。
「えへへ、ありがとうございます」
佐伯ゆいは驚いたように目を見開くと、照れたように笑って、俺にその荷物を渡してきた。
俺はできるだけ彼女に触れないように買い物袋の持ち手の端を手に取ったのだが、持ち手の部分が小さすぎるせいで彼女の手に少しだけかすめた。
その時かすめた指の感触がなぜだかしばらく残り続けてなかなか消えてくれなかった。
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