10年前に戻って風邪をひいても幼馴染に看病してもらえるはずがないだろう ②
翌朝。
目が覚めると8時を回っており、14時間以上は眠っていたことになる。
そのおかげですっかり体のだるさはとれており、気分は悪くない。
「ごほっごほっ」
それでも病み上がりということもあり、軽く咳き込んだ。
唾をごくりと飲むと、まだ喉が腫れているのかヒリヒリとした痛みが残っている。
それでも体調自体は悪いわけではない。今日は土曜日で元から学校は休みである。それに今日からゴールデンウィークで三連休ある。その間休んでいれば治っているだろう。
どうせなら休日じゃなくて平日に風邪にかかり、一日でもいいから学校を休みたかったなと考えながら、俺は立ち上がり、朝飯を食べようと一階にあるリビングに降りることにした。
そういえば、このゴールデンウィークで俺の両親は旅行に出かけると言っていた気がする。俺も一応誘われたのだが面倒くさいといって断った。
それでもさすがに病み上がりの息子を一人、家に残して旅行に出かけるほど薄情な両親ではないと思うが、結局どうなったのだろう。
「あ、起きてきたんですね。おはようございます、直人くん。体調はどうですか?」
俺がリビングに入ると、すぐに声を掛けられ、佐伯ゆいがキッチンで急いで手を拭くと、近寄ってきた。
佐伯ゆいはいつものショートボブとは違い、短い髪を一つ結びにして後ろにまとめていて、真っ赤なエプロン姿がよく似合っている。
(まるで新妻みたいだな)
などと頭の悪い感想が頭に浮かんできて考えを払いのけるように頭を振った。
「あ、ああ、だいぶ良くなったけど」
「本当ですか? ちょっと動かないでくださいよ」
佐伯ゆいは心配そうに見つめてくると、背伸びをして俺の額に手を当てた。
彼女の顔がいつも以上に近くにあるせいで、緊張して顔が熱い。
緊張しているせいで、熱が上がっていると勘違いされるのではないかと少し心配になっていた。
「たしかに昨日より熱は下がってるみたいですね。一応温度計で熱を測ってみてください」
「ああ」
俺は渡された温度計を脇に挟んでしばらく待っていると、36度5分と平熱と言えるまで落ち着いていた。
そういえば、聞くタイミングを見失ったが、なぜ朝になっても佐伯ゆいは俺の家にいて看病してくれているのだろう。
というか俺の両親はどこに行った。まさかとは思うが、病み上がりの息子を放っておいて、予定通り旅行に出かけてしまったのだろうか。
俺はそんなことを考えながら昨日ソファに置いたままだった10年後の型と比べてかなり旧型の俺のスマートフォンを手に取った。
すると、俺のスマートフォンに珍しくメールが受信されており、開いてみる。どうやら母からのメールらしい。
『ゆいちゃんがあんたの面倒を見てくれるらしいので、お任せすることにしました。母さんは父さんと旅行楽しんでくるからお大事に。
PS ゆいちゃんと進展があることを期待しています。早く付き合っちゃいなさい。
母より』
「はあああ」
俺は母からのメールを最後まで読むと、たまらず頭を抱えて深くため息をついた。
別に俺を置いていくのはいいのだ。病み上がりとはいえもう十分に回復しているし、一人で残されても問題はない。
ただ、最後のPSがあまりにもおせっかいが過ぎる。
ただでさえ意識してしまっているのに余計意識してしまうじゃねえか。
こっちにもいろいろ事情があるのだと言い返したいがここに母親はいないので『うるせえ』とだけ返信しておいた。
「直人くん? どうかしましたか?」
顔を上げると、佐伯ゆいが覗き込んできており、またしても顔が近くにあり、さらに動揺した。
「いや……、平熱だったし、もう風邪治ったから、帰ってもいいぞ」
「いえ、おばさんに直人くんの面倒を見てほしいって頼まれましたから。おじさんとおばさんが返ってくるまで看病しますよ」
「そこまでしなくても大丈夫だって言ってるだろ……。
ごほっ、げほっげほっ! ぅえーー」
咳が突発的に出て一度出ると、連鎖するようにでてきて、軽く嗚咽した。
「だ、大丈夫ですか⁉」
「大丈夫だから……気にすんなよ」
「もう! 大人しく看病されてください」
「マジで大したことないんだって」
本当に気分自体は悪くないのだ。ただ咳が止まらないだけで。
だが、昨日の一件で信頼されていないらしく、佐伯ゆいは俺の腕を掴んで引っ張った。
「ダメです! 今日一日は看病させてもらいますよ。ほらとりあえず朝ごはん食べましょう」
「ああ、わかったからもう自分で立てるって」
「ダーメーでーすー。直人くんはすぐ強がりますから」
佐伯ゆいは俺の腕を引くと、昨日のように肩を貸してくれたのだが、思った以上により密着していて彼女の体温が直接伝わってきた。
昨日は本当に体調が悪いせいで余裕がなくて緊張することもなかったのだが、今日は多少、体調がよくなった分めちゃくちゃ恥ずかしい。何なら昨日はこんなことを平気でやっていたのかと思うと余計に恥ずかしく感じる。
佐伯ゆいは平気なのだろうかとちらりと見るが看病に一生懸命なのか昨日で慣れているのかわからないが特に恥ずかしがっているようには見えない。
意識しているのは俺だけらしいので、必死に平静を保つふりをした。
「少し待っていてくださいね」
食卓の椅子までたどり着くと、佐伯ゆいは台所へと向かい、おいしそうな香りのするどんぶりを持ってきた。
「今日はうどんにしてみました。どうぞ。食べてください」
うどんを丁寧にスプーンに乗せると俺に差し出してきた。昨日と同じように『あーん』をして食べさせようとしてくる。
「さ、さすがに飯くらいもう自分で食えるわ!」
俺はあまりの恥ずかしさに佐伯ゆいからうどんの入ったどんぶりを強引に奪い取るとうどんを口いっぱいに詰め込んだ。
「昨日は食べさせてって頼んでくれたのに……」
佐伯ゆいは少し寂しそうな顔をして言った。
昨日の俺はなんてことをしてしまったのだろう。
女の子に食べさせてほしいと頼むなんてさすがに正気だったらあり得ない。またしても俺の黒歴史が増えてしまった……。
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