10年前に戻って風邪をひいても幼馴染に看病してもらえるはずがないだろう ①
その日の放課後。
学校を終えていつもの電車に乗り込み、最寄り駅に到着した。
入学して以来、朝は佐伯ゆいがいつも迎えに来るので一緒に登校することが多い。
しかし、帰りの場合、彼女は友達と一緒にいることが多く、俺の場合は、授業終了後の一本目の電車で帰るので一人で下校することが当たり前になっていた。
そんなわけで、俺は家への道を一人自転車で走っていると、突然雲行きが怪しくなってきてぽつりぽつりと雨が降り出した。慌てて家への道を急ぐが、あっという間に小粒の雨は土砂降りへと変わり始める。
最寄り駅といってもそこから家までは自転車で30分ほどの距離があり、隠れる場所もなく、天気予報では雨になるとは全く言っていなかったので、傘も雨合羽も持ってきていない。
そんな俺を容赦なく土砂降りの雨が降り注ぎ、抗いようもなく一瞬で全身がずぶ濡れになった。
帰宅する前にはすでに止んでいる通り雨だったので運がなかったとしか言いようがない。
俺は雨に濡れた体で懸命に自転車を漕ぎ、帰宅した時には、寒気を感じフラフラになっていたので急いでシャワーを浴びたのだが、寒気が治まることはなかった。
何か食べてすぐ寝ようと思ったが、両親は共働きでこの時間にはまだ帰ってきていないため、俺は一人で何か用意しなければならない。
何を食べようかと考えながらソファに腰を落ち着けたのが悪かったのか。雨に打たれた疲れのせいで急激に眠気が襲ってきた。
疲れた体ではその眠気に抗いようもなく気がつけば眠ってしまったのだった。
「……くん! ……おとくん! 直人くん! 大丈夫ですか?」
そんな佐伯ゆいの声で目が覚めて、薄目を開ける。
「あ、ああ……ごほっ! ごほっ!」
俺はなんとか答えると、咳き込んだ。
体が怠く、頭はぼーっとする。
俺が体を持ち上げることもできないでいると、佐伯ゆいのひんやりとした手が額にあてられた。
「やっぱり、熱がありますね」
「……なんで……お前が……俺の家に」
「嫌な予感がしてきてみたんです。通り雨が来たからまた直人くんが雨に降られてるかもしれないって思ってしまって……。鍵、開いてましたよ」.
俺は昔からの雨男で今日のように突然の土砂降りの雨に降られたのも一度や二度ではない。それを心配して佐伯ゆいがきてくれたのだろう。
「……気にすんな……大丈夫だから」
「とりあえずベッドまで行きますよ。立てますか?」
「……ああ、それくらいなら……問題ねえよ」
俺は強がって無理に立ち上がろうとすると、フラついてバランスを崩し、ソファの前に置いてあったテーブルに手をついてなんとか倒れずにすんだ。
「全然大丈夫なんかじゃないじゃないですか! 肩をかしますから捕まってください」
「……悪い」
俺は佐伯ゆいの左に立ち彼女の左肩に右手をのせ、少しだけ体重をかけた。
「もっとちゃんと捕まってください。またバランス崩しますよ」
「でも……汗……つくだろ」
体温が高い状態でソファに長い時間横になっていたせいで汗まみれになっている体を佐伯ゆいに近づけるのは気が引けた。
「そんなの気にしないでください。病人なんですから」
「……ああ」
俺は佐伯ゆいの肩を組むように体重をかけると、かなり楽になる。
「行きますよ」
佐伯ゆいに連れられ、なんとかニ階の自室のベットまでたどり着いた。
腰を下ろし、布団に入ると温もりを感じ、ようやくほっと一息をつくことができた。
「何か食べますか?」
「……気にすんなって……もう大丈夫だから」
「もう! またそんなこと……。全然大丈夫じゃないですから、おかゆ作ってきますね」
「……ああ」
俺は、佐伯ゆいが慌ただしく部屋から出て行ったのを見送ると、それからしばらくの間、ベッドで少しでも体を休ませようとしていたのだが、ソファで寝ていた時に出た汗がべたついて眠れそうにない。
重い体を何とか持ち上げ、タンスから新しいシャツを取り出すと、汗で濡れた下着を脱いだ瞬間。
ガチャリとドアを開けると佐伯ゆいが入ってきた。
「簡単にですけど、おかゆできましたよ」
佐伯ゆいは半裸の俺と目を合わせると、「あわわわ」と動揺した声を上げると、慌てて部屋から出てドアをガタンと閉めた。
「す、すみません! ノックもせずに入ってきてしまって」
「……気にすんなよ。……すぐ着替え終わるから」
別に半裸を見られたところで、俺は何とも思わないが佐伯ゆいにとっては恥ずかしいことだったらしい。そんなに恥ずかしそうにされるとどんな反応をすれば良いのか困る。
「終わったぞ」
とりあえず着替え終わったので声をかけると、佐伯ゆいは恐る恐る部屋に入ってきてベッドの端に座った。
「えっと、簡単にですけどおかゆ作ってみました」
「……うまそうだな」
体調が悪いせいで香りはいまいちわからないが、本格的なおかゆで、卵が綺麗に散りばめられているおかげで金色に光っているように見えておいしそうだ。
「えへへ、食べますか?」
佐伯ゆいは蓮華でおかゆを掬うと俺のほうに差し出して照れたように笑った。
「ああ……、悪いな」
俺は差し出されたおかゆを素直に食べると、見た目以上に出汁がしっかりとでているが、病人にも食べられる優しい味がした。
「やっぱりうまいな……早く次食べさせてくれよ」
「あ、はい……どうぞ……」
俺はなぜか動揺している佐伯ゆいに早く次をとねだり食べ進めていく。
「あの……直人くんは恥ずかしくないんですか?」
俺は佐伯ゆいに『あーん』をして食べさせてもらっていたのに気づき、少し恥ずかしくなる。
それでも病気で弱っていたせいなのかわからないが、俺はもう少しだけ彼女に甘えたくなってしまった。
「……病人を助けると思って食べさせてくれないか?」
「わ、わかりました。きちんと看病しないとですよね」
佐伯ゆいは自分に言い聞かせるように呟くと、緊張した様子を見せながらも蓮華を運んでくれるようになった。
俺はそのおかゆをうまいうまいと言いながらかぶりつき、あっという間に食べ終わった。
「ごちそうさま。マジでうまかった……」
「えへへ、お粗末様でした」
決まり文句だとわかっているが、全く粗末なんかではない料理だと感嘆の言葉を贈りたいくらいには美味しかった。
「じゃあ俺は寝るから……」
食べ終わると今度は本格的な眠気を感じて布団に入り、横になりながら言った。
「ええ、ゆっくり休んでくださいね」
「ありがとな。今日はほんとに助かった」
「いえ、直人くんが大丈夫そうでほんとによかったです」
「心配しすぎだろ……」
俺は話しながらも眠気を感じて、うとうとし始める。
「おやすみなさい直人くん」
「ああ……おやすみ」
俺はそうつぶやいてすぐに意識が遠のいていき、あっという間に眠ってしまっていた。
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