10年前に戻っても友達ができるわけがないだろう ⑥

 それから一週間、楠陰一馬は影井と一緒にいる時間は目に見えて減り、その分俺に話しかけてくるようになっていた。


「昨日教えてくれたラノベ面白かったよ!」


 楠陰一馬に貸していたライトノベルがどうやら本当に面白かったらしく、四冊貸してどれも一日で読み終えて持ってきた。

 こうして一生懸命選んできた作品を面白いと読んでもらえると割と嬉しい。次も貸したくなってくる。


「ああ、読み終わってるだろうと思って続きも持ってきたぜ」


「ほんと? はー! 楽しみだな! あの最後のシーンの伏線ってさ。やっぱり次で回収されるのかな?」


「なんだネタバレして欲しいのか?」


「い、いや、やっぱり今の無しで……」


 そんな話をしていると、気味の悪い視線を感じる。この視線は一週間前からずっと感じていたものだ。


「お前らラノベの話とかしてんのw」


「うーわ、オタクキモ」


 先ほどまで視線を向けていたのは、この前まで楠陰一馬をいじめていた影井達三人グループが愉快な仲間たちを連れてやってきた。


「か、影井くん」


 楠陰は怯えた声を出し、俺の後ろに隠れた。


「ああ、ラノベの話だよ。なんだ? お前らも読みたいのか?」


 こうなることはある程度予測はついていたので俺は落ち着いて嘯く。

 いじめとかする奴らは、平気で人をハブったりするくせに、ハブった奴が自分から離れていくと何が気に入らないのか嫌がらせをしてくる。

 何がしたいのか理解に苦しむが恐らくこういう生き物なのだろう。自分より下を作りたがってマウントをとりたいだけの気持ち悪い自尊心を持った生き物だ。できるだけ関わりたくない連中である。


「そんなキモいの読むわけないだろw オタクは学校来るなよ」


「ああ、俺はオタクだよ。それで? 何かお前らに迷惑かけたか?」


 あっさり認めると、意外そうな顔をした。

 オタクと馬鹿にすれば慌てて引き下がると思っていたんだろうが、そうはいかない。まあ無駄だとはわかっているがただの悪あがきである。


「キモい存在がクラスにいるだけで迷惑だろーが」


 やはりこれ以上反論しても俺だけの力じゃ無駄か。

 正論で話したところでこういう連中には通じないことが多い。

 何を話したところで、誰が話したかが一番に人に影響を及ぼす。自分より下だと思っている人間が何を言っても耳を傾けてはくれない。そういうものだ。

 俺はもうこちらが正しいからと言って、嘆くガキじゃない。

 だからこういう時に備えて一応の準備はしてきていた。他人を頼る手だったからあまり使いたくはなかったが仕方がない。

 頼るというより、利用するといったほうが正しいかもしれないが。


「この作品を見てるような奴はこのクラスにいらないとそういいたいんだな?」


「そうだよ。キモいのがうつるから出ていけよ」


「だってよ。早乙女。お前もこのクラスにいらないらしいぜ」


 この騒ぎを早乙女優という人間が見逃すはずもなく、もうすでに止めようと近くまで来ていた彼に向かって声をかけた。

 こうなることを予測していた俺の対策が、このクラス現在のトップカーストである早乙女優を巻き込み、仲間に引き込むことである。

 リア充だからと言ってアニメが嫌いというわけではないということは過去の経験からわかっている。

 ただ、世間的に見るものではないと思い込んでいるから馬鹿にするだけで、面白いとわかってくれさえすれば、リア充だと思っていた人間がアニメを見るようになるということも多かった。

 俺のことをオタクだなんだと馬鹿にしていた奴がアニメ見るようになっていた時もあったからな。

 そんなわけで入学式の時に連絡先を交換していた早乙女優に入学式の夜以来に連絡を取り、俺のオタク知識を活かし、絶対に間違いのない作品を早乙女優に見るように勧めていたのだ。

 幸い早乙女優は偏見だけで判断する人間ではなく、俺の全力で考えたおすすめアニメ集を見てもらうことができ、結果として俺が思った以上にハマってくれて、いろいろなアニメをみるようになっていた。


「あはは、酷いこと言うじゃないか。直人」


「なっ! 優、お前もこんなの読んでるのかよ」


 影井は驚いたような声をあげ、動揺しているように見えた。


「ああ、こういうアニメ見るの初めてだったんだけどな。意外と面白いよ」


「やめとけよ。キモいのが移るぜ?」


「りゅうせい。そういうのやめろよ」


 早乙女優は語気を強めると、影井は動揺していた。

 りゅうせいとはおそらく影井の下の名だろう。


「でもよ。オタクはキモいものじゃんか」


「そういう認識よくないと思うな。みんな好きなものが違ったっていいと思わないかい? それに直人もいっていたけど、俺のこともキモいって言うのか?」


 早乙女優という人間は底抜けにいい奴だった。こういう人間は多少オタク趣味を持っていたとしてもみんなに好かれるし、トップカーストから落ちたりはしない。そう思って俺は彼に頼ったのである。

 まあ頼ったと言うより利用したと言った方が正しいかもしれないが……。


「それは……」


「みんなもどう思う? 俺とか直人、それに楠陰くんがオタクだったらみんなキモいって思うかい?」


 聞き耳を立てていたクラスメイトの面々に向かって話しかけると、シンと少しの時間静まり返った。どちらにつくべきかわからず、動けずにいるのだろう。


「わたしは、そんなこと思いませんよ?」


 そんな静まり返った中、真っ先に答えたのは佐伯ゆいだ。

 佐伯ゆいもクラスの女子全員に分け隔てなく接しており、それに可愛いので、クラスの中心人物になりつつある。

 クラスの男女それぞれの中心人物が動いてからは早かった。

 あっという間に別にオタクでもいいという風潮が出来上がり、影井達三人のグループは大人しく自分たちのグループに帰っていった。


「あ、ありがとう山岸くん」


「まあ気にすんなよ」


 そう言って泣きついてくる楠陰をなだめていると、楠陰は何かを思いついたように話し出した。


「そういえば、山岸くんはさ。なんとなく思ってたんだけど、目立つの苦手だよね?」


「まあそうだな」


 目立つことがいじめられるのにつながると前回の10年前の反省からとことん目立たないようにクラスでは立ち回ってきた。楠陰はそれを見ていたのだろう。


「どうして今回ここまで目立って、僕を助けてくれたの?」


 言ってしまえば成り行きでここまできてしまったので大した理由はないが……。


「別に助けようとしたわけじゃねえけど、まあ強いて理由をあげるとするなら、気に入らなかったんだよ。影井とかいうやつらが」


「気に入らなかった?」


「いじめとかいうのが嫌いだからな」


 俺の人生を狂わせた要因の一つがいじめだ。できる限り俺みたいな人間が増えるのが嫌だったのだ。


「あはは、山岸くんはやっぱりいい人だね」


「別にそんなことないだろ。普通だ」


 俺は勝手に良いやつ認定されたのが気に食わなくて反論したのだが、楠陰はまるで信じてくれないようだった。

 その後、助けてもらった礼を伝えようと、早乙女の元に出向き、話しかけた。


「ありがとよ。早乙女」


「気にすんなよ、直人。俺たち友達じゃないか」


 ニカっと笑っている早乙女の姿はあまりにイケメンだった。

 入学式以来話すことなんてなくなっていたけれど、彼の中で俺は友達認定されていたらしい。

 何というか早乙女優が底抜けに良いやつすぎて俺は苦笑いしてしまう。


「俺みたいな陰キャの言うことだったら絶対聞いてくれなかっただろうからな。ほんとに助かったぜ」


 俺が自虐交じりに礼を言うと、早乙女は意外そうな顔をして、首を傾げた。


「ん? 直人は別に陰キャじゃないと思うんだけど、直人は自分のことを陰キャだと思っているのかい?」


「いや、どう見ても陰キャだろ。友達少ねえし……」


 さっきの影井たちも俺をオタクだって理由で馬鹿にしに来ていたし、てっきり陰キャ扱いされているものだと思っていた。

 早乙女からの俺のイメージは違うらしく首を捻っている。


「まあたしかに直人は一人でいるときは多いけどさ。直人はさっきみたいに思っていることははっきり言うタイプだろ? 俺は別に直人に陰キャっていうイメージないけどな」


 どうやら早乙女が俺に抱いているイメージと俺が自分自身に抱いているイメージは違っているらしい。

 俺自身、自己評価が多少低いところがあるのはなんとなく自覚している。

 だとすると、俺の自分への評価が低すぎるだけで他者からは違ったふうに見えているのだろうか。

 少しだけ自分を思い上がってしまいそうになった瞬間、過去に戻ってくる前のクソみたいな10年間の記憶が蘇ってきた。

 クラス中からの嘲笑。

 人間不信からの吐き気。

 立っているのでさえも辛くなるような疲労感。

 過去に戻ることになったおかげで、存在しないことになった俺の10年間だが、その10年間で俺が失敗する様は記憶の中に焼き付いて消えてくれない。

 体温がぐっと下がったような感覚に陥り、まるで冷や水をぶっかけられたように頭が冷えた。


「……そんなわけねえだろ」


「そうか? 俺はそう思うけどな」


 俺が呻くように呟くと、早乙女は首を傾げた。


「そんなわけねえんだよ……」


 俺は早乙女の称賛で素直に思いあがれるほど、素敵な人生を送ってこなかった。

 俺が送ってきた人生のことは自分が一番よくわかっている。

 やり直したこの人生だってきっとまた失敗して間違えてしまうのだろう。

 自分自身に勝手に期待していつか失敗して裏切られるくらいだったら、始めから期待しないほうがいいに決まっていた。

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