10年前に戻っても友達ができるわけがないだろう ④
いきなり友達を作れとは言われてもである。
「人に言われて友達出来たら苦労しないんだよなあ」
帰宅し、自分の部屋でダラダラと過ごしていた俺はぽつりと呟いた。
こっちは10年も友達がいない。いわばボッチのプロである。某ラノベの主人公比企谷八幡にも負けはしない自信がある。
癖になってんだ、ぼっちになるの。
とはいえ俺も最近は早死にするのは嫌だと思い始めるようになった。さすがに勤めていた会社の業界は避けるし、今度はブラック企業に入るようなことにはならないはずである。
何よりも10年より先に続きを楽しみにしている作品が漫画アニメ問わずたくさんある。ハンターハンターの続きを見ずに死んでたまるか。
何とかして友達を作ろうとしなければならないのだが、どうやって友達を作ればいいのか忘れてしまったせいで、どうすればいいかわからない。
そんなことを考えていると、コンコンと部屋の扉がノックされた。
「ゆいです。入っていいですか?」
どうやら佐伯ゆいが俺の部屋にやってきたらしい。
本来の10年前であれば、俺の部屋に佐伯ゆいがやってくるなんて中学前半以来なかったのだが、未来から戻ってきて入学してからは数日に一度のペースで俺の家に訪れるようになっていた。
「あ、ああ。いいぞ」
俺がそう返事すると、扉を開けて佐伯ゆいが入ってきた。佐伯ゆいは一度自分の家に帰ったのか制服から薄ピンクのTシャツと藍色のショートパンツに着替えていた。
こういう可愛い無防備な格好をして入ってこられるのは緊張するのでやめてほしい。
「失礼します。えっと、この前読んでた漫画の続きってどれですか?」
「多分、これだろ」
俺は本棚から佐伯ゆいが前まで読んでいた漫画の単行本を取り出し、佐伯ゆいに渡した。
「ありがとうございます」
佐伯ゆいは俺からその本を受け取ると、少し挙動不審にあたりを見回し、俺が座っているベッドの上に腰かけた。
「べ、ベッドに座るんだな」
「は、はい……。ダメでしたか?」
「いや……いつもはそこら辺の床に座ってるだろ」
「女の子を適当に床に座らせるなんて最低だと思いませんか?」
「そうかもだけどよ……」
「えっと……もしかして……迷惑でしたか?」
「いや、迷惑とかではないんだけどよ」
心なしか目を潤ませて上目遣いで覗かれると、俺は弱い。何度もこの手で押し切られている気がする。
「じゃあ問題ないですよね」
佐伯ゆいは結局ベッドの端に腰を落ち着かせ、漫画を読みだした。
いつまでも困惑していても仕方がないので、チラチラと佐伯ゆいの様子を気にしながらも、俺も読みかけの本を開き、読みだすことにする。
数10秒ほどの静寂が訪れ、俺はいつものように少しリラックスし始めた瞬間だった。
「眠いです」
佐伯ゆいはゆっくりと体を傾け横になると、俺の伸ばした足の膝元に頭を乗せた。
要するに膝枕されたのである。
「さ、さすがに幼馴染だからって気を許しすぎじゃないか? 俺だって男なんだぞ」
「直人くんなら信頼しているんで問題ないですよ?」
佐伯ゆいは平気なふりをしてそう言うが、ほんのりと顔を赤らめている。
「問題ないって……。顔真っ赤にさせながら言われても説得力ないぞ」
「赤くなんてないですよ? 小学生の時はよくやってたから慣れてますし」
佐伯ゆいは持っていた単行本で慌てて赤くなった顔を隠して言った。
「小学生の時ってお前……」
たしかに子供の頃、佐伯ゆいはこうして俺の膝枕をするのが好きでよくこうしていた気がする。子供の頃の俺は重いから嫌だと何度も言ったのだが、佐伯ゆいは辞めようとしなかったのを思い出した。
だからといって小学生の頃と今を一緒にしないでほしい。体が密着した状態だと、緊張してどう体を動かしていいかわからなくなる。
俺は緊張した体では他にやることもなく、膝枕をしている佐伯ゆいに目をやる。
すると、単行本で彼女の顔は隠れているが頭だけは隠れておらず、彼女の艶めいた髪を見つめていると、気がつけば手が伸びていた。
彼女の髪は見た目通り艶があって、撫でてみると絹のようにさらさらとしていて、丁寧に手入れをしていることがわかった。これ以上手触りのいいものなんてないだろうと断言できる。
「久しぶりですね。頭をなでてくれるの」
その一言で正気に戻った俺は自分が今佐伯ゆいの頭を撫でまわしていることを自覚し、慌てて右手を跳ね除けた。
「すまん。今完全に正気じゃなかった……」
「もっと撫でてくれてもいいんですよ?」
佐伯ゆいは顔を隠していた単行本から目だけを出して、俺の顔をじっと見ている。
「や、やらねえよ馬鹿」
「馬鹿なのは急に頭をなでてきた直人くんですよね?」
「ほんとにすまん……」
「急にされたらびっくりして心臓に悪いです」
「俺も急に膝枕されたら心臓に悪いんだが……」
「そうなんですね。次からは許可をとるようにします」
「絶対に許可しないと思うがな」
「じゃあ、今のうちに堪能することにします」
「降りてくれるわけじゃないんだな……」
そうしてしばらくの間無言で、漫画を読んで過ごしていると、佐伯ゆいがふと思いついたように膝枕をやめ、頭を上げ座りなおした。
「そういえば直人くん。友達できそうですか?」
「……突然なんだよ」
「今日の昼休み友達作らないとだめって話しましたよね? でもそれから誰とも話してないように見えたんで心配になったんです」
「そういえばお前にも友達作れって言われたんだったな……」
天塚とかいうやつのインパクトが強すぎてうっかり忘れていたのだが、そういえば佐伯ゆいにも友達を作るように言われていた。今日のうちに二人の女の子から友達を作るように説教されたということになる。なんだこれ……。
「それで、できそうなんですか?」
「できそうにないに決まってるだろ」
「そうですよね……、もっと積極的に話しかけないと一生友達なんてできませんよ?」
「だから話題がないって言っただろ? 話題がなければ話しかけることのもできねえよ」
「もしも話題があったなら話しかけられるんですよね?」
「ああ。多分だけどな」
「言質とりましたからね?」
「なんだよ。俺が話せるような相手見つけられたのか?」
「はい、楠陰一馬くんって知ってますか?」
「誰だよそれ……、聞き覚えはある気はするけど……思い出せねえな」
「もう始まって一か月も経つんですからクラスメイトの名前と顔くらい覚えていておいてくださいよ……。わたしは入学して三日で全員の名前覚えましたよ?」
「しかたねえだろ。話したことないし……、それで、誰だよ。楠陰一馬って」
「あの子です。えっと……、今日、影井君のためにコーラを買いに行ってあげてた優しい人です。炭酸があふれ出てましたけど……」
「あー、あいつか」
いじめのようなものを見せられて腹が立っていたのが記憶に残っていたのでそう言われると、すぐに思い出すことができた。
「それで? あいつにどんな話題を振ればいいんだ?」
「楠陰一馬くんはですね。隠れオタクなんです」
「……本当か? 根拠はあるのかよ」
それが本当だったのならばたしかに話題はある。俺はほぼすべてのアニメをリアルタイムで10年前のアニメを見返しているのでオタクであれば話せることはいくらでもある。
「今日の放課後話す機会があったんですけど、そこに飾ってある"おさこい"のシャープペンシル使ってましたよ。たしかあのシャープペンシル3000円くらいしたんですよね?」
「それだけじゃ別にオタクとは限らないだろ」
「じゃあなんでそれを持ってるか聞くだけでも話題にはなるんじゃないですか?」
「たしかにそうだな……」
「じゃあ明日話しかけてみてください。約束ですよ!」
俺は結局押し切られる形で友達を作るように約束させられたのだった。
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